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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第10回

この記事はさとびごころVOL.35 2018 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

通称は森サロ

 森の仲間のサロン(通称:森サロ)第1回を皮切りに、森サロは、毎月1回のペースを守り、開催され続けた。七十代後半にさしかかるにも関らず、兼子さんはフットワーク軽く、私が名刺交換をしたり、メディアや講演会等で興味を持ち、この人の話を聞いてみたいなと思った方には、もれなく講師依頼に行ってくれた。

 奈良県庁や林野庁の研究機関の職員、大学教授、林業家、製材所、工務店、設計士、薪ストーブ屋、薪ボイラー屋、昆虫の専門家、イベントの開催をするクリエイター、障害者福祉の活動家、森の案内人、森林環境教育者、森林セラピー、木工作家、骨マニア、野生生物の専門家等、講師の職種は多岐に亘った。時には現地に出かけたり、実習を行ったり。樹木や森林の話といったザ・森の学習会という王道の内容はもちろん、海やエネルギーの話等、多種多様な話を聞く場を提供できた。全国的にみて森に関する勉強会史上、最もバラエティに富んでいたと思う。

 兼子さんと作り上げた森サロは、足掛け8年、100回を数えた。延べにして二千人近い人々と、百人にもなる講師の方と時間を共有することができた。講師の方、何度も森サロに足を運んでくれたヘビーユーザーを始めとする参加者の方々との幅広い交流ができた事は、今の谷林業の事業運営上、最も大切な基礎になっている。

兼子前と兼子後

 兼子さんからは、森サロだけに留まらず、谷林業の経営に関しての絶大なサポートを頂いた。兼子さんが所属されていたアタックメイト奈良とは、アドバイザー契約を結び、元中小企業経営者の堀田弘之さんを加えたアドバイザーチームは、当時林業界できらびやかに輝いていた速水林業が取得したFSC森林認証を取得することを一つの目標に走り出した。

 ここでも兼子さんは、恐るべき行動力を発揮した。情報共有の場マンスリーミーティングの開催、奈良県の認定事業体としての登録、林業の人材育成制度である緑の雇用制度の事務手続き、新たな従業員の雇用、森林経営計画の樹立、炭焼き窯の造成、フォレストック認定の取得、架線による出材チームの結成、林業機械の購入等、企業人としての経験を我々の活動にフルに落とし込んでくださった。物事をしっかり決めて、一つ一つ着実にこなし、着実に積みあげていく事がいかに大切かを、教えていただいた。一時期は谷林業の本拠地である王寺町へ拠点を移してまでサポートをしてくださった。龍谷大学での出会いから10年間。当時は、若手は私一人、他は旧来から谷林業とつながりを持つ人だけだった。停滞していた谷林業は、兼子さんのサポートをきっかけに急発進を始めた。若い従業員、同世代の仲間、幅広い世代、分野の関係者に支えられながら、ドタバタと安定せず非常に危なっかしいが、チャレンジャブルな日本の林業や地域の未来を切り拓くプロジェクトと期待を貰えるまでには成長してきた。王寺町周辺で障害者福祉施設を運営するなないろサーカス団による谷林業所有林をフィールドにした取組等もあり、忘れられかけた谷林業の事をあらためて知ってくれる人も増えた。

 兼子さんの参画は、紀元前と紀元後と言えば大袈裟かもしれないが、ただの資産管理会社でしかなかった谷林業が、事業会社の性質を持ち合わせ一風変わった可能性のある地域貢献林業会社に転換する大きなきっかけになった。

ギブ&ギブン

 平成29年3月。森の仲間のサロンの最終回の講師は、兼子洋介さん。幼少期からの人生を時系列で川柳にして振り返りながら語ってくださった。

 兼子さんの座右の銘は「ギブ&ギブン」。一般的には「ギブ&テイク」という言葉をよく使うが、「ギブ&テイク」のギブは、見返りを期待してのギブだという。「ギブ&ギブン」のギブは見返りを期待しないギブ。見返りを期待せず、ギブしていけば、不思議と自ずと与えられる。そんな経験を企業、NPOでの活動を通じて気付かれたようだ。

 私がお願いしたら「はいはい、お安い御用」とすぐに連絡を取り、楽しそうに会いに行ってくれる。尽くしていけば、いつか返ってくることもあると惜しまず貢献していく姿勢。私は、この姿勢に長期間支えられた。兼子さんの人生のクライマックスである十年近い日々。様々な事を経験された兼子さんが辿り着かれた境地である「ギブ&ギブン」のスタンス。私の現在は兼子さんの「ギブ&ギブン」の姿勢によってもたらされたのだなとハッとした。

 森サロでの講演会を皮切りに、色んな場所でプレゼンテーションをさせてもらう機会をいただくようになった。そのたびに、自分がどんな人生を過ごすかを真剣に考えて来た。その中で辿り着いたのが、森林林業を通して幸せな世の中を創る事に貢献すること。その目標を達成する為には、私も兼子さんの様に「ギブ&ギブン」のスタンスで取り組まなければならないなと感じた。

 兼子さんは平成29年4月1日、谷林業を代表企業とする山と温泉共同事業体が、天川村での温泉施設の指定管理事業である「山と温泉プロジェクト」を始める時のオープニングイベントの司会を最後に退職された。

 山と温泉プロジェクトと、その温泉に導入された薪ボイラーを販売するアーク奈良株式会社は、森サロをきっかけに動き出したプロジェクトであり、そのプロジェクトの記念すべきはじまりの一日を兼子さんと迎えることができたのは、本当に良かったなと思う。一つの時代が終わってしまう寂しさと、新しい時代が始まり、創っていく決意の一日だった。

次のフェーズへ

 森サロ最終回の兼子さんのラストメッセージは「若人の 力に期待 新林業」という川柳だった。当時は、現役を退いていく兼子さんからの温かいメッセージだなと受け取った。でも、今は少し違う受け取り方をしている。

 「あなたの目標を達成するためにはギブ&ギブンの姿勢が必要。でもギブ&ギブンは強くないとできないよ。あなたはまだ『ギブ&テイク』の姿勢でいる。見返りを求め、思うようにいかなければ投げ出す。そろそろ子供の様に甘えず、次のフェーズにいきなさい!」。笑顔の奥に隠された厳しい一面を持つ兼子さんから私への最後の叱咤激励だったのではないかと。

 34号のこの記事冒頭で、今の時期を次のフェーズに移るかもしれない時期と表現した。現在私は、年齢的にも、立ち位置としても、自分に期待される役割を名実ともに受けて立つ事を期待されている。にも関らず、肝心の私自身が、中々自信を持たず、不安もあることから、責任を持てなかったり、困難な事態を傍観してしまう等リーダーとしては不適切な対応をする事も多く、兼子さんはそんな私に不甲斐なさを強く感じていたと思う。

 助けてもらうばかりの時期は卒業だ。どんな事が起こっても、責任を持って逃げずにやりきる。リーダーとして、このプロジェクトを実現させる事をもって兼子さんへの恩返しとしたいと思う。

 目下のテーマは、森サロでの自分の講演を通して生まれたビジネスモデル俯瞰図の実社会への落とし込み。近い将来、思い描くプロジェクトを多く立ち上げ、それぞれを作用させながら、生き生きと実現させている姿を特別版森の仲間のサロンで発表し、そのプロジェクトの実践現場を巡るツアーに、兼子さんを招待したいと考えている。

 兼子さんのギブをきっかけに始まり継続した支援の元に、加速度のついた谷林業の現在。今度は私が兼子さんにギブする事が出来れば、兼子さんのギブ&ギブンは完結する。その為にも、私は覚悟を決めて次のフェーズに思い切って飛び込んでいく。

さとびごころVOL.35 2018 autumn掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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