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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第14回

この記事はさとびごころVOL.40 2020 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

森の未来の楽しい模索

 ナナツモリの田村夫妻との出会いは私にとって大きな転機になった。田村さん夫妻は陽楽の森の麓で「カフェナナツモリ」を営みながら、ご主人の広司さんは、写真教室や写真スタジオも経営されていた。オシャレで華やかな雰囲気。少年時代、学校で同じクラスになってもきっと親しくはならなかっただろう見た目と性格の二人。ご主人の広司さんとの共通点はB型であることぐらい。でも不思議なことに何となくやろうとしていることが似ていて、気もあい、話もあった。彼らとの森を囲んでのやり取り、陽楽の森をこれからどんな森にしていくのかという議論は極めて楽しいものだった。奈良県下の広範囲に森林を持ち、吉野地域の林業と陽楽の森周辺の都会の雑木林の相互交流を図りながら国土の70%を占める森林の社会的地位の回復を目論む私と、陽楽の森の麓にオシャレなカフェを構え、次の事業フェーズを模索する田村夫妻との方向性や目指す未来像は不思議と符合した。私は、宮崎駿さんと養老孟司さんの書かれた『虫眼とアニ眼』という書籍の中で宮崎さんが書かれた挿絵があって、自然に囲まれた穏やかなイメージの町が将来できたら良いなと思っているという話をしたり、田村さんもアメリカのポートランドという全米住みやすい街ランキングの常連の町の様な地域を創りたいという夢を持っていた。林業家とカフェオーナー、写真家、クリエイター、重ならない立場の二者が森をめぐり未来の社会のあり方を考える。多様性のある解が切り拓かれる可能性と、「未来に向けた夢と希望」だけが目の前に広がり、連日連夜、語り合った。この人たちとなら何かやれるかもしれない。都会での森林・林業の取り組みに対して、初めて林業以外の若い仲間が出来て、とても嬉しかった。

フェスやりませんか?

 時間があればナナツモリカフェに通い、田村さんと話をした。そんな日々が半年程続いた。何か具体的な事業をやるといっても、難易度が高く、次のステップへ中々進捗できないでいた2013 年10月頃、田村ご夫妻から「フェスをやりませんか?」という打診を受けた。

 「フェス?」何かわからないけど楽しそうだな、と思った。長野県の松本市で開催されているクラフト展だったり、六甲山でもアートを通じた六甲ミーツアートというフェスがあるという。そんな、華やかでオシャレでにぎやかなフェスの開催をイメージしているらしかった。都会の森でフェスをやる。林業家とクリエイターがコラボレートして実現させるフェスというのは、全国的にもあまり前例はないだろう。森林や林業という大きめの社会課題と、明るく楽しいクリエイティブな取り組みが、どんな化学反応を起こすだろうか。そこに、大勢の人が来たら良いな。フォレスターという、山奥でクレバーな仕事をしている技術者たちにもスポットライトが当たるかもしれない。何か今までとは違う新しい世界の扉の入り口に立てるような気がした。「じゃあ、やってみましょうか」フェスの開催は何気ない形で決まり、何気なく進んでいった。

 フェス開催の実行委員には谷林業架線班に参加していたフリーの林業家吉野剛弘さんも加わった。発信する林業家として希望に溢れていた吉野さんも、時間があれば天川村から山を下り、ナナツモリを訪れ、町側の人と交流していた。ナナツモリおしゃれチーム側からは、スタジオミッツという若いクリエイターのチームが参加してくれた。大学を卒業して間もない男女3 人のチームで、やる気と希望を持ってフェスの開催にブランディング等で協力してくれた。林業とクリエイターの交流は頻度を増し、楽しく温かく深まっていった。

休日うら山フェスティバル チャイムの鳴る森

 フェスの名前は、休日うら山フェスティバルチャイムの鳴る森と名付けられた。コンセプトは「森に人があつまると森が喜ぶ」。森を楽しんで、森のことを思い、森を学ぶ。懐かしい学校のイメージ。放課後にちょっと近くの森で過ごしていたら、夕暮れのチャイムが鳴って、さあ帰らなきゃとなる。毎日の終わりと次の日の始まりのシンボルであるチャイム。誰もが経験する原体験と森での体験が、森と人とが繋がっている未来へと重なることを願い、チャイムの鳴る森案に賛成した。

 フェスの企画も盛り上がった。私たち林業側からは、林業に携わっている人たちがかっこいいこと、そして日本の森を活かしていく彼らの役割が大切なことを知ってもらえたら嬉しいという思いから、吉野郡の黒滝村に約20年前に移住したカリスマ山行きの梶谷哲也さんによるチェンソーアートの実演や、街中の危険な樹木をロープワークを使った高所伐採という技術で伐採するアーボジャパンというチームによる子供たちの木登り体験、子供たちと森林内に秘密基地をつくろうという取り組み等を企画した。中でも一番の目玉は、谷林業による林業のデモンストレーションだった。日頃、山の中で黙々と危険な作業に従事している技術者のお披露目の場。当時お世話になっていた日立建機からハーベスタと言われる高性能林業機械を借りて、チェンソーによる立木の伐採から、ラジコンキャリーを使った架線による運び出し、ハーベスタで木材の枝を払い、小さく玉伐る作業までを実演することになった。

 クリエイティブ側からは、やっぱり楽しいのが一番だし、自分たちも楽しんでやろうということで、森の中で買い物が出来たらとか、森の中にアートがあったら楽しいんじゃないとか、森の中で音楽が鳴っていたら素敵じゃないとか、森の中でコーヒーが飲めたら最高よねとか、真面目な林業側もつられて楽しくなってしまう、心躍る様な提案の数々が出てきた。

フェスに向けて

 フェスの日取りは2014 年5 月24・25日に決定した。王寺町や上牧町に後援を依頼したり、スポンサーになって資金提供してくれそうな人にも協力を依頼しにいった。

 私は、このフェス開催に当たっての森の目玉になるように、イベントのメイン会場になる陽楽の森の頂上付近にツリーデッキを作る事を決め、以前からの知り合いであったベルクジャパンカンパニーの西川正人さんにお願いした。予定地周辺の鬱蒼とした竹を伐採して森を明るくするため、朝練と称してチェンソーを片手に竹林整備を始めた。毎日、少しずつ竹を伐採していった。

 広報も一生懸命行った。以下のような宣言文を作り、当時流行し始めたソーシャルネットワークサービス等も利用しながら、フェスの先にある未来の陽楽の森に対する思いを発信した。

 

『私は、この森がこれから多くの人が集まる森になってほしいと思います。森の中にカフェができ、若者たちのデートスポットになってほしい。森の中で子供たちが楽しい時間をすごしながら、生きていく知恵を学んでほしい。障碍をもった人々がのびのびとアートに取り組む場であってほしい。人が楽しめる空間をつくりながら、森の資源が計画的に循環していってほしい。その資源を循環させる社会システムをデザインしたい。そして何より、林業という認知度に欠けながらも実は大切な産業が、世間に理解されてほしい。若者が林業につきたいと思える様なかっこいい職業になってほしい。今回の「チャイムの鳴る森」のイベントが、その楽しげな森の未来のきっかけになってくれることを期待しています。日本は森の国です。日本人は森の民です。余すところなく森の恵みを頂き、森の恵みを上手に活用できる人が育ち、その結果、豊かな森が育つような世の中をもう一度作り直すきっかけをつくりたいと思います。来るべき未来の森林の時代を次世代にプレゼントできるような森でありたいと思います。皆さま、陽楽の森の今、そして太陽がさんさんとふりそそぎ、楽しく穏やかな優しくちょっぴりオシャレな森になっていく過程を楽しみにしていてください。』

 

フェスに向けて造作中のツリーデッキ

そして前日

 いよいよ、前日になった。フェス当日の天気予報は晴れ。かつて鬱蒼として真っ暗だった陽楽の森には、色とりどりのガーランドがかけられた。若いアーティスト達の華やかなアートが所々に飾られ、ツリーデッキも完成していた。物販や飲食のスペースでは、それぞれ個性的でオシャレなテントも、準備されつつあった。陽楽の森という名前がピッタリな森になったなと思い、少し嬉しかった。

 「明日から二日間どうなるかなあ。まあ、千人位の人が来てくれたら嬉しいね」そう言って帰路に着く頃には、陽楽の辺りは既に暗闇の中だった。少し離れた所にあるパチンコ屋のネオンと、遠くに見える王寺駅周辺の家々の灯りを見ながら、かつてのこの森と、ここまでの日々を振り返り、感慨深くその場を後にした。

さとびごころVOL.40 2020 winter掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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