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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第2回

この記事はさとびごころVOL.27 2016 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

林業に飛び込む準備

 平成21年9月。速水林業、林業塾での岐阜森林文化アカデミーの学生だった前田駿介君の「ゼロから始めるような林業会社で、やってみたいです。」という唐突な一言で、谷林業のドタバタ劇は始まった。

 今、思えばこのシーンは自分にとって、とても運命的な出来事であったように思う。普通は自分で覚悟を決めて自分で踏み出すが、他人の思わぬ行動に覚悟を決めざるを得なくなるという状況は、いかにも私らしいのかもしれない。今までの自分では想像もしえなかった、本格的な林業の道に飛び込むことになってしまった。

 翌年の春、アカデミーを卒業した前田君は、谷林業に入社した。といっても、谷林業では学べることが少なかったため、奈良県吉野郡川上村を始め急峻な土地で30年、100キロ近く作業道を開設してきた清光林業にて、1年間作業道開設の研修でお世話になる事になった。

 その間、私は、前田君が研修を終えて帰ってきた際に、きちんと林業事業に取り組めるように準備をした。谷家が林業に取り組んでから今に至るまでの古い資料の整理や、山守の方々に預けている山の現地見回りや測量、山林の施業履歴や所在地の地図作り、どのような順番で山林施業をしていくか、作業道を開設できる山はどこか等を検討し、整理に整理を重ねた。

森林作業道作設オペレータ研修

 そして前田君が研修から帰ってくる5ヶ月前の平成22年11月、転機が訪れた。林野庁が主催する森林作業道作設オペレータ初級研修が奈良県で開催されるという情報を頂いたのだ。講師は清光林業の岡橋一嘉さん。同社の岡橋清隆副会長のご子息で、奈良県林業倶楽部や吉野林業協同組合で一緒に活動している仲間だ。一嘉さんは、自分より年下であるが10年近く林業に関わっている先輩だ。

 初級研修にも関わらず、受講生の多くは、林業に10年以上関わっているベテランの方ばかりだった。まるでプロ野球選手の中に少年野球の選手がいるような状況で、開校式の時は、気の重い研修だなと思った。

 ベテランばかりの受講生の中で、私の他に、もう一人だけ林業の素人がいた。後に数年間、日々の林業作業を共にすることになる、同じ山林所有者仲間の一人である柏田久朋君だ。柏田君は、ユンボに乗った経験もなく、全くの素人だった。私はといえば、ユンボの基本操作を少しできる位で、柏田君よりは、ほんの少し先輩ではあったが、それでも同世代のベテランたちと比較すると、ひたすら初心者であった。

 初めての傾斜地で恐る恐る操縦するユンボの操作はたどたどしく、林地で伐倒した大径の木の根を抜くにも思った以上に時間がかかる。作業道を補強する丸太組構造物を組む時に打ち込む8寸釘も上手に打ち込めない。はずかしながら、打込んだ8寸釘が無残にも途中で曲がっている様子は丸太に生えるえのきだけのようであった。

 初心者の生徒2人に講師が5人ついているとも言えるような雰囲気の不思議な研修だった。そのお陰で、人より多く実習の時間を持たせてもらうことができたし、今や奈良県の作業道開設を引っ張っていっておられる方々とも知り合い、色々な経験談を聞くこともでき、非常に有意義な5日間だった。

陽楽の森に作業道を開設する

 この研修には、思わぬご褒美が待っていた。研修を受け、実習用地を確保し、実際に作業道を開設した人には、1メートル当たり2000円、500mの作業道を開設すれば最大100万円がいただけるという特典だ。私は、柏田君に一緒にやらないかと声をかけた。

 研修が終わってすぐ、作業道を開設する実習現場を見つけることにした。右も左もわからない私は、清光林業の岡橋清元会長に相談しにいった。作業道の現地踏査をお願いしたいという頼みを、岡橋会長は快く引き受けてくださった。いきなり吉野の急峻な現場で作業する自信はなかったので、傾斜のなだらかな北葛城郡王寺町周辺で現場を探した。そして、選んだ現場は王寺町谷林業陽楽山林。後に、「チャイムの鳴る森」というイベントが開かれ、障害者福祉施設なないろサーカス団の活動場所になる山林だ。

 岡橋会長が踏査してくださったルートに、私と柏田君は試行錯誤しつつ、ひたすらユンボに乗りながら作業道を開設することになった。

 まず、岡橋会長にアドバイスを受けてマーキングをしたルートに、ユンボで粗道をつけていく。粗道を開設した後、その勾配を修正する。道の裾を補強する犬走りという丸太組みを行い、犬走りの位置から作業道の路肩になる法面を組み上げ、自動車が走る谷側の路肩を補強する路面処理という丸太組みを行う。止水ゴムを入れ、水の処理を行い、路面に砕石をひいたら完成だ。

 といっても重機には乗りなれておらず、土の効率的な動かし方もわからず、機械も最低限のユンボだけしかないという状態の我々の実力ではなかなか作業が進まない。小さなトラブルも度々起こる。ユンボはキチンと水平を保って作業している場合は効率良く動く。必死になって一生懸命動かしていると、盛土した側の路肩のかたまりきらない状態の土砂にキャタピラがはまり込んでしまうことがある。気付けば脱出不可能な位に傾いてしまうこともある。ユンボを倒しかけて、岡橋会長にわざわざ来ていただき、直していただくということもあった。

 作業道開設ルートの中で一部かなりの盛り土をしないと作業道がつながらない箇所があった。今回のルートの中での一つの難所だ。その場所では、犬走りという丸太組を組み上げる所から、岡橋会長が一緒に作業をしてくれた。岡橋会長はそのすぐ後に長年の作業道開設の実績が評価され、農林水産祭の天皇杯を受け取られるのだが、そのような人から最初に手取り足取り指導を受けることができたことは、幸運以外の何物でもないと思う。

 雨の中、雪の中、朝早くから暗くなるまで、夢中でユンボを操作し、丸太を組み、8寸釘を打ち続けた。平成23年3月末にこの作業道が完成するまでの4ヶ月間は、良く考え、試行錯誤した本当に有意義な時間であった。最終的には、ユンボの操作も、少しは上達し、作業道づくりのイメージぐらいはわかるようにはなった。歴史ある林業地川上村で

 その後は現場を川上村高原に求めた。作業道開設に加えて、杉や桧の人工林で間伐作業を行う。立っている木を伐採し、伐採した木を丸太にして搬出する。そして、その丸太を木材市場に出荷し販売するまでの工程が加わる。まだまだ素人だが、可能な限り早く技術を身に着け、採算も合わせていかなければならない。本格的な林業事業が始まる。

 今回、高原の現場にユンボを下した時には、強い緊張を感じた。危険な場所で、危険度の高い事業に参入するという緊張と、大規模山林所有者の後継者という特殊な立場で恥ずかしい失敗は出来ないという精神的な緊張であった。大きな事故等を起こして「だから、いわんこっちゃない。山はボンボンの手に負えるものではない」と言われることのないように、滞りなく事業を進めなければならない。

 川上村は、数百年の歴史を誇る吉野林業地の中でも本場中の本場だ。歴史が長いということは、仕組みも整っている。谷林業は、山林の所有権を持つ山林所有者という存在で、株式会社でいえば株主にあたる。その管理経営をするのが山守という存在で、株式会社でいうと経営者だ。吉野林業は、絶妙なバランスで山づくりと木材の商流の仕組みをつくりあげた。その中心にいたのは、山守の方々であった。私たちのような吉野の大規模山林所有者は、こうした林業のシステムが経済的に成り立つ仕組みができあがった後に、投資家的な立場として関わった。吉野林業の長い歴史から考えると、新しい存在である。

 山守が管理している山に、山林所有者が入って事業を行うことは、タブーに近く、前例が少ない。そのタブーを犯すように感じられる山守さんもおられるかもしれない。歴史のある株式会社に、株主の後継者がいきなり社長室に入ってきて、指図を行っているところを想像するとイメージはつきやすいかもしれない。だから、仕組みが円滑に回っている時なら、恐らく挑戦することはなかったと思う。しかし、林業の構造不況故、山守の後継者が帰って来ることの出来ない現実が目の前にあった。この挑戦なしに、自分の未来はない。そう思っての挑戦でもあった。

 この頃、前田君は清光林業での1年間の研修を終え、谷林業の作業道班の班長としての門出を迎えた。本格的な作業道会社で1年間修行してきた前田君が、一回り以上年が上で、さらに大規模山林所有者後継者である私と柏田君を従えるという、妙な編成の若いチームで始まるドタバタ劇は、次のステージに突入していく。

岡橋清元氏(左)に作業道づくりを教えていただく筆者

【谷林業】吉野の5大林業家のひとつ。中近世以来、現在の王寺町の大地主として山林管理を手がける。2011 年、老舗でありながらベンチャー企業として「谷林業株式会社」と改称。

さとびごころVOL.27 2016 autumn掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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