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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第21回

この記事はさとびごころVOL.47 2021 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

世界が広がるパネルディスカッション

 自伐型林業に出会ってわずか半年あまり。わたしは、自伐型林業1周年記念フォーラムの場にいた。

 後半のパネルディスカッションのパネラーとして登壇したのは、実にバラエティに富んだ人々だった。自伐型林業に取り組む自治体代表として高知県佐川町長の堀見和道さん、滋賀県長浜市役所の北川善一郎さん、若手代表として高知視察旅行で盛り上がったシマントモリモリ団の宮崎聖さんと私、企業代表としてヤンマーアグリカルチャー社長の橋本康治さん、社会福祉法人福祉楽団の飯田大輔さん。

 コーディネーターは、地元奈良県南部地域選出の衆議院議員(当時)であり、自伐型林業推進議員連盟事務局長を務める田野瀬太道さん。国の行く末を論じる参議院会館のような場所で、地元国会議員で同世代でもある旧知の田野瀬さんや、お世話になり始めていた吉野林業史の大家愛媛大学の泉英二先生など縁の深い人々と一緒に登壇し、これからの林業について考える機会に恵まれたということは、谷林業ドタバタ奮闘記のかつてに思いをはせると、望外に感慨深い出来事だった。

 佐川町の堀見和道町長は、東京大学出身の建築家。新進気鋭の建築家集団の一人として木造の高層住宅の普及に邁進された後、地元の首長に挑戦。このとき自伐型林業に出会い、地域での実走を公約に掲げた。宮崎聖さんは地域愛にあふれる自伐型実践者たちのリーダーとして、自分の林業挑戦の経済的な事業結果を赤裸々に語り、インフルエンサーとして若い移住者達を林業に誘っていた。ヤンマーアグリカルチャーは農機具メーカーとして、創業の地長浜市で、中山間地を盛り上げるための自伐型林業に対するチャレンジを始め、長浜市行政も自伐型林業推進を始めていた。

 私自身も、若い谷林業ドタバタチームの林業チャレンジャーたちとの現場での作業道開設の取組みや、チャイムの鳴る森での出来事を発表した。

 バラエティに富んだチャレンジが各地で起こっていたことを知った。私の目には、堀見町長のような首長や宮崎さん、橋本社長のような起業家精神に溢れたリーダーの存在が羨ましく映った。「我々の地域にも彼らの様な人がいたら、システムを構成する要素の主要人物になり、もっとプロジェクトは前進するのに。ここに参加している人全員奈良の地に連れ帰って数年間頑張ればかなり面白いシステムが組みあがるのになあ」と思いながら、皆の発表をワクワクして聞いた。

福祉楽団・恋する豚研究所

 発表のトリが、福祉楽団、飯田大輔さんだった。「恋する豚研究所」という取り組みは福祉業界や建築業界の中で極めて優良な実践例だと聞いていたので、どんな話が聞けるのかとても楽しみにしていた。

 飯田大輔さんは私より少し若い、キリっとした人だった。案の定その話に聞き入った。福祉楽団は、千葉と埼玉で高齢者介護や障害者の福祉事業をやっている社会福祉法人で、経営者の飯田さん一族は養豚農家も経営していて、農業と福祉をつなげる六次産業化プロジェクトとして恋する豚研究所を始めたとのことだった。農業で育てた豚を、有名建築家が設計したオシャレな建物の工場部分で障害者福祉の一環で精肉し、レストランでお客さんに食べてもらう。恋する豚ブランドで全国に販路を開拓し、地域の農業や福祉に資する新しい価値や関係を創るべく取り組んでいるのだという。

 そしてその頃、土佐の森救援隊を訪ねて自伐型林業の存在を知り、障害者の就労支援にマッチしていて、地域の福祉で取組むべき事業だと感じたという。

 障害者の働く場所や受入れ態勢の不足や、給与の低さという地域の社会課題を、農業や林業を中心軸に位置付けて本気で取組むことで突破させる可能性を探る。山が荒れているという地域の社会課題に対しては、3トンユンボを購入して、障害者福祉事業として、山に作業道を開設し、間伐、搬出し、森林整備を進める。玉切りとか、薪割りは高齢者の介護予防やデイサービスなどの制度と複合させて、出材した丸太を木質燃料用材とする。さらに、重油ボイラーで多くの化石燃料を燃やしている高齢者の介護施設は、ガシファイアーのような薪ボイラーに代替し、木質燃料化することで再生可能な燃料とし、国外に持ち出している経済を地域内で循環ができる。

 福祉法人が自伐型林業と薪ボイラーを導入し、福祉と林業をつなげて、福祉、林業、エネルギー、地域経済等複数の社会課題を一気に解決する。高知視察旅行で見た薪ボイラーガシファイアーのことを思い出しながら「めちゃくちゃ面白いな」と思った。今までの自分は全く触れたことのない視点や発想、着眼点から展開される話。林業に関わって以来、いかに地域で林業を切り拓いていくのかと分析的に考えていた私と比較して、飯田さんは福祉発信の地域事業を切り拓くための、太く大きな選択肢の一つとして林業に取組もうと考えている。学生時代ふと迷い込んだ授業でシステムアプローチや複雑系という考え方に触れて感銘を受けた時のパラダイムシフトに近い感覚だった。

 着眼点を変えることで、どこまでも広がる可能性。チャイ森、なないろサーカス団、陽楽の森をコアにした都市林業システムの核になる取組みが、まさにここにある。「恋する豚研究所のように、陽楽にも建築と薪ボイラーのような林業との接点があればよい」と衝動的に思った。

 フォーラムの最期の締めの挨拶には、大学教授やジャーナリスト、NPO の方々が温かいエールを送られた。

 「自伐型林業の周りで現代社会の盲点をつくような社会実験が始まった。今まで林業の世界にいなかったバラエティに富んだ人々によるチャレンジは、横ぐしを入れ、複合的に取組み、考えるものであり、分断された領域の統合を実現する先に目指すべき地方創生のゴールがある。日本の地方の未来のために頑張ってください」というような内容だった。

 産業林業の中ではルーキーでしかない谷林業ドタバタチームが、気付けば地方創生の大きなうねりの最前線に押し出されていくような体験だった。

懇親会にて

 懇親会で、福祉楽団の飯田大輔さんとNPO 法人ドットファイブトーキョーの原口悠さんが声をかけてくれた。谷林業ドタバタチームのチャイムの鳴る森の話に興味を持ってくれたようだった。福祉楽団、恋する豚研究所を訪れ、もう少し詳しく話を聞かせてほしいと打診し、連絡先を交換した。

 あれから6年の月日が流れた今思う事。人生には、ごく稀に思考の根底が揺るがされるような出会いがある。この頃はまさにそんな出会いが頻発した時期だった。チャイムの鳴る森での予期せぬ成功、泉先生から学んだ江戸時代の吉野林業の話、自伐に挑戦する若者たちの物語、福祉楽団の話など、信じて疑わなかった世界観に二石も三石も投じられているような出会いが繰り返された。そんな出会いは足音も立てず、意図せず事故のように何かに導かれるように突然訪れ、新たな領域、段階に私をいざなっていく。その違和感にもだえ苦しみながらも、また新たな出会いを求める中で小さな光を見出す先に少し未来の明るい日常がある。

 いざなわれた先で得た、社会から森林、林業を見る視点。そんな新たな着眼点から光明を見いだせる事に一縷の望みを持って、一月もたたないうちに千葉県香取市にある恋する豚研究所の視察に旅立つのだった。思い立てば、すぐ行動である。

さとびごころVOL.47 2021 autumn掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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