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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第24回

この記事はさとびごころVOL.50 2022 summerよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

 福祉楽団の飯田大輔さんからの「特別養護老人ホームやりませんか?」という問いかけに対し、林業とは全く畑違いの福祉施設運営であり、極めて無謀な挑戦だと当然認識したが、不思議と「やってもよいかもしれないな」と思えた。むしろ「挑戦しなければならない」という使命感にも似た気持ちすら芽生えた。

 ただの森林所有者が福祉に挑戦するなど、とんでもなくハードルの高い壁が立ちふさがる。それでも挑戦してみようと思えたのは、その時点でいくつかの大きな出会いをしていたからだ。その中でも最も大きなものの一つは、障がい者就労支援施設「NPO 法人なないろサーカス団」理事長中川直美さんとの出会いだ。今回はこのことについて書いてみたい。

中川直美さんとの出会い

 チャイムの鳴る森の開催を直前に控えた2014年春のこと。フェスを開催するに当って谷林業には一つの課題があった。それは、一般の人が来るフェスを開催しても谷林業には、肝心の一般の人との接点になる商品が何一つ無いことだった。ナナツモリ田村広司さんに「谷林業もフェスで何か売って見たいと思うんですけど、何が良いでしょうね。食べられる物が良いですよね。吉野林業の吉野材を連想させる年輪幅2ミリのバウムクーヘンとかどうやろ。誰か作ってくれるパティシエみたいな人、知りませんかね」と問うたところ、「パティシエじゃないけど一人心当たりのある人います」という返事があった。「ホンマですか。一度会いたいです」ということで、田村さんが引き合わせる段取りをしてくれた。

 その当日。田村さんの運転する車に乗せてもらい、一路大阪府羽曳野市に向った。到着した場所には「社会福祉法人ふたかみ福祉会はびきの園」と書かれていた。オシャレな田村さんと福祉施設が何の関係があるのだろうと疑問に思った。

 そして、相手方との出会いの一室に到着した。「アトリエハピバール」と書かれていた。美術室を思わせる「アトリエ」という表現に少し違和感を持ったが、そこは障がい者の就労支援施設らしく数人の利用者らしき人たちが賑やかに活動していた。中学から私立の学校に進んだ私は、障がい者と呼ばれる人々と日常を過ごしたことがなかった。福祉の世界に足を踏み入れるのは初めてだったので、どう振舞って良いのかわからず少し緊張した。

 そわそわしていると「こんにちは。中川です」と若い女性が挨拶をしてくれた。見るとエメラルドグリーンのジャージのズボンに白に青のボーダーラインの入った服を着たショートカットの目のクリっとした小ぎれいな女性がにこやかに笑っていた。田村さんが「こちらがアトリエハピバールの中川さんです。ナナツモリ写真教室の卒業生なんです。谷さんと話があいそうやなと思って」と言った。偏見だが福祉施設にオシャレなカフェナナツモリに出入りするような女性が働いていることに驚いた。

 中川さんに、ハピバールで取り組んでいる活動について説明を受けた。それは障がい者の方々がアトリエで創作活動に取組むというプロジェクトのようだった。部屋には利用者の人が創作した絵や小さな粘土細工や切り絵などが飾られていた。それらは素直で飾り気がなくどこか温かい雰囲気の漂う作品たちであった。

 中川さんは一般的には障がいと言われる状態を彼たちのユニークでチャーミングな個性と捉えていて、とても魅力的だと感じているようだった。社会的弱者というよりむしろ魅力的な人と考え、彼らが社会に貢献する役割の大きさを感じているようだった。「障がいは個性。そんな見方をする人がいるんだ」と中川さんの人間観に衝撃を受けた。

 本来の目的である障がい者の就労支援で作るバームクーヘンを谷林業の商品にするという件など吹っ飛び、中川さんの価値観に興味をそそられた。

 話を一しきり終えた後、帰路に着くまでの少しの間、中川さんや田村さんが施設利用者の障がい者の方々と普通にコミュニケーションをする姿を見てさらに驚いた。たじろいでいる私を横目に、利用者の方が好きなのだろう仮面ライダーの怪獣図鑑を片手に会話を楽しんでいる。二人のその姿に何か心が動いた。

 その翌日間髪いれず、中川さんに電話をかけた。「一度、王寺にある谷林業の陽楽の森に来ませんか」

森と障がい者

 それから数日後、中川さんは陽楽の森に来た。陽楽の森がかつて人の寄り付かない真っ暗な森だったけれど、林業の取組みで作業道を開設し、森林整備を行ったところ、明るい陽が射しこむ森になったこと、以来森を訪れるたびに心を閉ざしていた森が徐々に人を受け入れてくれるようになったと実感していることを話した。

 「森に人が入れば森が喜ぶ気がするんですよね。国土の65%を占めると言われる日本の森の多くは今や価値が無くなってしまったけど、林業の人が作った森に多くの人が往来するようになれば森は元気になるんちゃうかと思うんですよね。この整備された陽楽の森を色々な人に使ってほしい。陽楽の森をきっかけに各地の森が良くなってほしいのです」「ヨーロッパでは、森の幼稚園という取組みがあって、森の中で子育てをするみたいです。心を病んだ人が森でカウンセリングしてもらって元気になったというような話も聞きました。陽楽の森で、森の幼稚園や森のカウンセリングしてくれるような人がいたらなと思うんですよね」「宮崎駿と養老孟司の対談本で『虫眼とアニ眼』という本の挿絵に描かれている世界観に憧れていて、地域の人が自然と共に地に足つけて暮らしていて、その結果として良い森ができるような社会になれば、今より少し安心な日々が暮らせるような気がするんですよね」。

 林業の目的の下で整備した陽楽の森の空間が色々な人に恩恵を与えていくという私がおぼろげに描いていた夢を一生懸命伝えた。

 それに対し、中川さんは福祉施設運営の中で生じる矛盾、つまり福祉制度の求めることと現場で繰り広げられる日常との温度差が大きいという課題を感じているようだった。それを打破するための挑戦を探している。「それ、私にやらせてもらえませんか」と中川さんが目を輝かせて言った。

なないろサーカス団の始動

 その後、中川さんの行動は早かった。その年の秋2014年10月には、ボランティアサークルなないろサーカス団が発足し、翌秋にはNPO法人を立ち上げた。

 時を同じくして、福祉施設でありながら林業や薪ボイラーの導入に踏み込んだ福祉楽団との出会い。その中で降ってわいた「特別養護老人ホームやってみませんか」という誘い。奈良に帰って王寺町役場に問い合わせたところ、何の因果か数ヶ月後に特別養護老人ホームのプロポーザルが行われるという。大慌てで福祉の勉強を始める私に、飯田大輔さんやその仲間であり当時自伐型林業推進協会事務局をかってでていた原口悠さんから貰う、数々の地方創生や福祉の優良事例の情報。林業という業界から地域に入って行こうと考える私と、福祉という領域から地域と密着し利用者と地域の人をつなげようとする中川さんは、たびたび行動を共にすることになった。

 可能な限り多くの優良事例に触れようという私に、「何か見に行くんやったら誘ってください」と、檻から解き放たれた中川さんは同行することになるのであった。

さとびごころVOL.50 2022 summer掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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