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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第23回

この記事はさとびごころVOL.49 2022 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

建築家って本当に大事ですよ

 2015年8月。千葉県香取市の社会福祉法人福祉楽団の取り組みを知り、かねてから模索していた都市林業システムの模範事例だと感銘を受けた私は、早速現地を訪れた。

 そして同法人の若き経営者・飯田大輔さんとやり取りする中、その根底に、「自分達が関わる地域をより良いものに」という「地域経営の視点」があることに気づいた。地域の課題を把握し、その地域の人々がより良く生きるために、福祉の制度をベースに、農業等複数の領域を重ね合わせ、地域の資源を活かした商品開発を行い、販路を開拓し、お客を呼び込むなど、地域に新たな価値を創り出し、その結果地域課題を解決する。そんな地域経営のプラットホームとして、特別養護老人ホームや障害者施設などを建築して運営しながら、「新たなふるまいやつながり」を創り出している。

 プラットホームづくりという意味では私自身も陽楽の森を拠点に一定の活動は行っていた。しかし、その活動は日常化しなかった。核になるプラットホームを作るには何かが足りない。中でも何か建築物を建築することの必要性を感じていた。

 飯田さんが、ボソッと「建築、建築家って本当に大事ですよ」と言った。私自身は恋する豚研究所の佇まいや雰囲気を見て単に「オシャレだ。カッコいい。自分の地域にこのような建築がほしい」と思っただけだったが、そのあり様までは思いが至らなかった。どうやら、もっと成熟した意味合いがあるようだった。

 福祉楽団のコンセプトブックにあった恋する豚研究所の設計者である建築家アトリエ・ワン塚本由晴さんの「地域に開かれた暮らしが重なり合う場所」という記事に興味を持ったことは、本稿前回で触れた。記事には、「現代建築は歴史的転回のうねりの中にある」とあった。

 「明治維新以来、日本の社会制度は概念により分けられ、細かく分節化されながら創られてきた。その社会制度の影響を受けた専門施設として、町の中に多くの建築物が建設されてきた。その専門施設は想定したふるまいだけを人々に求め、人々はその期待に沿うようにふるまうようになった。そういうことが原因になって生まれた社会課題も多く出来てきた」
 「そこで建築の世界でのトレンドは、その場所に建築より先にある人々やモノのふるまいの関係性による空間としての建築が求められてきている。不特定多数の人々の自立的で屈託のないふるまいによって、活き活きと使いこなされている開かれたパブリックスペースが作られ、豊かな地域性と柔軟な建築が、地域の人々をつなぎ制度にとらわれない交流を生み出す」
 「アトリエワンが考える建築は、単体で成り立つ建物ではなく、地域や自然とのつながりまで含めたものです。建物を利用する人だけではなく、地域や自然をもケアする視点で設計している。これは、福祉楽団が地域や自然と共に福祉を考え、ケアを実践していることと重なります。職員さんには建物のコンセプトを最大限活用して働いて欲しい。建物に命を宿すのは、いつもそこに行き交う人々なのです」
(コンセプトブックより)

仕事を分解する視点と建築設計

 午後からは恋する豚研究所1階にある食肉加工所を案内してもらった。精肉、ソーセージやベーコンなどの加工からパッケージまでが行われている。工場の内部は、機械や道具が整然と並び、役割分担に応じてスタッフたちが効率的でシステマチックに動いていた。

 飯田さんによれば、工程は障害者の就労支援の制度を活用して運営しており、複雑な工程を障害者を中心にこなしきるには秘密があるという。

 全ての工程は、とても細かく分解され、障害の程度に合わせ上手く分業できるようになっている。分解された仕事一つ一つには番号が振られ、ホワイトボードに自分がその日こなすべき仕事の番号が提示されている。出勤してきたスタッフたちは、これに従って進めれば一日の仕事が完了するという仕組み。

 その後、通された薪ストーブが中央に配置されたガラス張りの事務所の壁一面に、今後チャレンジする林業の作業を分解したイラスト入りの作業図が貼られていた。その絵はアトリエワンが描いた。食肉加工の工程の分解もアトリエワンと福祉楽団が共同で行ったようだ。「こんな段階から建築家が関わっているのか」と驚いた。「建築に命を吹き込むその後長く使っていく人々」の日常のふるまいに寄り添い、そのふるまいを熟知した上で機能的に行動できるように設計をする。

 地域経営という目線を持ち地域資源を活かすプロジェクトを興したチームと、その活躍の場である建築を俯瞰的に見ながらもディテールにまで寄り添う建築家の素晴らしいコラボレーションだと思った。恋する豚研究所がただのオシャレでカッコいい建築でないことが分かった。

多古新町ハウス 2013 年 (アトリエワンHP より)

建築の存在が生み出すもの

 アトリエワンがもうひとつ設計した「多古新町ハウス」という施設では、障害者の放課後デイサービスや高齢者のショートステイなどの事業が展開されていた。地元の強豪校に入学した野球留学の選手の寮としても使われている。その小脇に「寺子屋」と呼ばれる建物があった。塾がないという地域課題に対応して、放課後の学生が集えるようにし、地域のシルバーの方々が教えに来れるようにと作ったものだ。寺子屋にトイレはなく、多古新町ハウスのトイレを使うことで、施設利用者との関係性を創り出す。開かれたパブリックスペースが生み出す交流が未来に何を生み出すのか興味を持った。

 障害者による食肉加工の仕事、地域産の食材を使ったオシャレなレストランに来るお客さんや都市での豚肉の消費者との関係性など、生み出されたものは地域に新たな価値や活力を生み出す。養豚農家も元気になり、これからは地域に林業が生まれ、森林も元気になる。それまでもあったけどバラバラになっていたもの同士が重なり合い、つながることで活かしあう仕組みに変わる。

 分解された日々のふるまいは建築物により積み上げられ、さらに新たなつながりを生み出し、長い時間とともに地域に馴染み、地域の未来をより良いものに導いていく。

 私自身も奈良に帰って陽楽の森に「地域に開かれた暮らしが重なり合う場所」になる建築物を創りたいと思った。その後ろにある森林との日常的なつながりを取り戻し、地域の人々と自然の関係性が甦り、地域の森林が活き活きとするきっかけを創りたい。そのためには私自身が恋する豚プロジェクトのような森林が日常にとけこむ接点になるプロジェクトを興さなければならないし、福祉楽団のような地域経営のプラットホームになるチームビルディングをしなければならないし、アトリエワンのような一緒に伴走してくれる建築家とも出会わなければならない。途方もないが、視察前より未来の鮮明度が上がった気がした。

特別養護老人ホームやりませんか

 「福祉楽団すごいですわ」と言いまくり、様々なことを根掘り葉掘り聞く私に、飯田さんは「そんなに興味あるんやったら特別養護老人ホームやりませんか」と言った。「え?特別養護老人ホーム?福祉?」林業家を目指そうとしていた私には全く想像もしない提案だった。

さとびごころVOL.49 2022 spring掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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