この記事はさとびごころVOL.35 2018 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
2018年5月25日に「森林経営管理法」が成立し、2019 年4 月1 日に施行され「新たな森林管理システム」が始動します。さまざまな視点や立場から批判的な意見も多かったこの法律ですが、成立し、来年に施行を控えるいま、明日の奈良の森を考える我々は、この法律との付き合いを避けては通れない状況になっています。そこで、今回は衆議院農林水産委員会における森林経営管理法案の審議に参考人として招致され、学識経験者の立場から発言された、国民森林会議提言委員長、愛媛大学名誉教授の泉英二先生に、この法律との向き合い方についてご講演いただきました。
「持続可能性」は絶対的価値基準
江戸時代の日本は、国内の植物・動物資源だけで3千万人を養い、人口密度は世界一であった。それを支えたのが徹底した森林資源の賢い利活用であった。この時代に集約的技術の粋を集めた世界一の吉野林業を吉野の山村民が作り上げた。
狭い土地にいかに多くの労働力を投下し、単位面積当たりの収穫量を増やすかが植物・動物資源に依存する時代の技術進歩の方向であった。それとは逆に、産業革命以降の「近代社会」では、石油・石炭資源が開発されたため植物・動物資源への依存が低下し、その結果、労働生産性を追求する時代となってしまった。しかし、その「近代社会」も石油・石炭資源を使いすぎたために限界に達した。既に日本社会は停滞型から衰退型に移行しつつある。
我々は「近代後の世界」をどう作るのか。エネルギー問題や環境問題を考えても、小規模分散型の社会が見直されつつある。再び植物・動物資源に依存する社会に作り直す必要がある。子や孫やひ孫の世代が安心して暮らせる時代を作らなければならない。近代を批判する「持続可能性」が絶対的価値基準であり、この考えの下「森林経営管理法」を考えたい。
戦後の林政と予定調和論
林政とは森林・林業の担い手を作ることにその本旨がある。戦後復興期(昭和20年―35年)はまさに農家が担い手であり、1 千万haに及ぶ日本の人工林の多くは彼らにより植林された。高度経済成長期(昭和35年―50年)にあたって、林政は「林業基本法」を制定することにより、農家を集合させた「森林組合」を育成し、大型化・機械化を目指す方向へ大きく転換した。林業も労働生産性重視の時代に政策は変化した。その後、地域林業政策、流域林業政策といった政策が行われてきたが、森林組合重視という基本は変わらなかった。
また、林業には、林業をしっかり行えば環境も守れるという予定調和論という概念がある。産業政策をしていても環境政策ができてしまうという幸せな概念。これが森林法・林野行政の基礎となっていた。今回の森林経営管理法はこのような考え方に基づく最後の一番強い法律として登場した。
森林経営管理法とは
今年5月に成立したこの新たな法律は、意欲を失った森林所有者に、伐採、造林、保育等のできるわけもない責務をあえて課し、実施できなければ経営管理権を市町村に取り上げようというものである。集積した経営管理権を、市町村は意欲と能力のある林業経営者と位置付けられた伐採業者に権利配分し、木材の安定供給を目指すというものである。
結局、大型化してきた国産材加工の製材工業、合板工業、集成材工業とバイオマス発電施設への大量で安価かつ安定して原料を供給させようというものである。そのために、若齢級の人工林を皆伐させようというものでもある。
法に潜む強権性
市町村が経営管理権集積計画を策定する際、その計画に同意しない森林所有者には県の裁定を受けるなど一定の事務手続きを行えば、同意を得られたものとみなすという、「確知所有者不同意森林特例制度」や、「災害等防止措置命令制度」など、強権的な特例制度が盛り込まれていることが大きな問題点である。
また、この法律の成立を受け、さらに今年の12月には国有林野管理経営法の改正が上程される。大きな面積を長期にわたって経営する契約ができるようにするというものである。発展途上国にある「コンセッション方式(※)」と同じ性格を持つものになる。林業の成長産業化を目玉に据える現政権下において、原木の安定供給は何としても成し遂げざるを得ないという判断がこの法律にある。
※ コンセッション(Concession)方式=ある特定の地理的範囲や事業範囲において、事業者が免許や契約によって独占的な営業権を与えられたうえで行われる事業の方式を指す。
市町村が鍵を握る
この強権性を含む法律は、巷では「どうせ動かないだろう」と噂されているが、それほど甘くはない。悪用すれば、市町村が動かなくても県が代わって実施できるし、県には国から圧力をかけることができる。主体となる林業経営者(=伐採業者)には大きな力はないが、川下の資本が支援するだろう。森林所有者に対しては「確知所有者不同意森林特例制度」で脅すこともできる。
この法律を良い方向に機能させることができるか否かは、市町村が鍵を握る。市町村の姿勢が極めて重要である。市町村には林業技術者も担当者も少なく大変だが、今後は「地域林政アドバイザー制度」などをうまく活用し、今までのような魂の入らない市町村森林整備計画を捨て、自分たちの地域の森林のマスタープランとなる市町村森林整備計画を本気で策定する。そして、森林所有者を無視することなく、過去の育林努力を高く評価しリスペクトしつつ、綿密な合意形成を図りながら長期的な計画のもと経営管理権集積計画を立てる。その計画の実施に必要な経費には森林環境譲与税が使える。境界確定や寄付の受け入れ経費についても総務省の特別交付税が使える。
市町村は経営管理権の伐採業者への配分を控え、山村地域の人材や小規模事業者を積極的に使うことが望まれる。地域おこし協力隊やその他、新しい人材を受け入れ、育成し、その事業用のフィールドとして経営管理集積計画地を活用すれば雇用も生まれ、移住者の受け入れも活発化できる。
山村だけでなく、都市近郊林を抱える市町村もこの法律をうまく使えば、問題の多い里山の管理を進めることができる。経営管理権を集積し、里山管理システムを構築できる。森林ボランティアの活動フィールドも一気に広がり人々が森林に触れる機会を作る絶好のチャンスにもなる。
おわりに
奈良県、特に吉野地方は素晴らしい森林資源を持つ地域であり、持続可能な森づくりには長伐期多間伐施業方式を堅持すべきである。
市町村毎にこれを基本とした条例を作ることが望ましい。首長や担当が変わっても変わらない地域の森林の将来像を描く。その下にシッカリと市町村森林整備計画を策定することが大変重要である。こんなに素晴らしい資源を持つ地域で施策の流れに乗って軽率に資源を破壊するような行動をとるべきではない。
さとびごころVOL.35 2018 autumn掲載