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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第3回

この記事はさとびごころVOL.28 2017 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

川上村高原大前平山林で作業道開設

 平成23年3月。川上村高原地区大前平山林。標高が600mを超える大前平山林の地面にはうっすら雪が積もっていたのを思い出す。新しく購入した木材輸送用の中古の2トンのダンプトラックにバックホーを乗せ、私と柏田君は現場に到着した。王寺町のなだらかな山での練習を終えた実績だけを支えに、吉野の林業に挑戦する。私も柏田君もいわゆる山旦那衆の一人なので、「川上村では、岡橋さん以来何年ぶりかの山旦那のチャレンジだよな」とか思っていたのを思い出す。

 急峻な吉野郡の山林にしては、地形も穏やかで、比較的難易度が低い。杉、桧の人工林での初めての現場だ。

 前の王寺町の山林と違い、吉野の林業地は整然と植林された木が高い密度で立っている。そのため、粗道開設の際の障害木の伐採の作業が加わる。そして、作業道の開設が終われば間伐作業を行う。さらに、伐採した木は販売するため商品として出荷するという工程も加わる。木材は、木材市場に出荷すれば良いと聞いてはいたが、どこで売れば良いのか、どのようにしたら良いのか全然わからなかった。

 トラックからアルミの梯子を使ってバックホーを恐々と下す。入口には、植林後50年ほど経った、胸の高さの直径が25㎝位、木の高さが15mほどの桧が立っている。前の現場では、コナラ等の広葉樹を少しだけ伐採した以外は、ほとんどがモウソウチクの伐採ばかりであったので、杉や桧の針葉樹を伐採するという経験は出来なかった。開設する作業道の側には、いきなり桧があり、1mも進めばまた次の桧がある。

初めての伐採作業 ロープが上手く上がらない

 まず、入り口にある桧を伐採することになった。木を伐採する時には、ロープを使って、狙った方向に倒れるように促したり、牽引具で力を加える。もやい結びという結び方で、直径80㎝くらいの輪っかを作り、5mほど離れた場所から、ロープのしなりを利用して輪っかをびゅんと下から上へあげる。とは言え、そもそも、もやい結びが分からなかったので、何となく知っていた八の字結びという結び方で輪っかをつくり結んだ。「びゅん」。音は良いのだが全然上がらない。上手な人がやれば、ロープの輪っかは1回で5m以上も上にあがる。何度か挑戦したが上手くいかず、結局バックホーに登り、出来るだけ高く上げるという裏技を使った。そのロープを、倒したい方向に立っている他の木に滑車を付けて力の方向を変え、バックホーのバケットに付いているフックに付ける。そしてバックホーの力を借りて引っ張り、意図した方向に倒すのだ。

 準備が出来たら、いよいよ伐倒作業だ。この時点では、チェンソーには大分慣れていた。まずは、受け口という切り口を入れる。この受け口を入れた方向に木は倒れる。だから、受け口をいかに上手に入れられるかは、木を伐る技術の上手さを表す。柏田君と、どちらが伐採し、どちらがバックホーで引っ張るかを押し付け合い、結局、伐採は柏田君、私がバックホーで引っ張ることになった。柏田君がチェンソーのスターターを引く。「ブーン」とエンジンがかかる。まず受け口の斜めの部分にチェンソーを入れ、次に受け口の水平を伐る。受け口らしきものが出来た。いよいよ追い口を伐る。これを伐れば、木は倒れる。柏田君が追い口を伐った。バックホーで引っ張る。桧は枝が粘り強いのかスムーズには倒れなかった。しかし、さすがにバックホーの力は強く、木は倒れた。「おーっ」。と言いながら、二人で倒れた木の所にいった。「さあ、この桧をどうしようか。何m位に小伐れば良いやろうね」と言いながら、ロープを外そうとするのだが、全然ロープの八の字がほどけない。八の字結びは、私の手の中でカチカチに固まっている。「やばい」。よく考えると倒れにくいヒノキをバックホーの力で思い切り倒した。死ぬほど力のある巨人が思い切り八の字を結んでひっぱったら、それは取れにくいのは自明の理である。とは言え、このロープをほどかなければ、前に進めない。ロープを切るという発想も勇気もなく、柏田君に枝払いを頼み、何でこんな八の字結びをしたんだろうと自分を呪いながら小一時間結び目と格闘した。前途多難を感じると共に、もやい結びのすごさを知った。

 その後、木を市場で売るための適寸である3mに小伐って、バックホーのフックにワイヤをかけ、丁寧に並べた。その後、伐った木の根を抜き、抜き終わったら、バックホーでさらに道を開設し、道の行く手にある木にぶち当たっては木を伐る。そして、小伐り、次に進む。その繰り返しだ。そうして、1本目の道の粗道が完成した。

水のすごさを知る 「フトンカゴ」で乗り越える

 次に村道を隔てた対岸の2本目の作業道に取り掛かった。2本目の作業道の入り口から、ほんの5m程の所に、小さなダムの堰堤みたいな構築物があった。今思えばその堰堤のすぐ上は、水は流れていないが小さな谷になっていた。そこに柏田君がバックホーのバケットを入れた。すると、チョロチョロと水が流れだした。「ここ、行っても大丈夫ですかね?」と柏田君が不安そうに言う。それに対し私は、「大丈夫じゃないっすか。多分」と答えた。それから5分と経たない内に柏田君が乗ったバックホーは水たまりの中にあった。汚い話になるが、部屋の中で小便のとまらない人がいたら部屋中水浸しになってしまうみたいな話で、ほんのチョロチョロした水の流れでも、止まらなければその場は水浸しになるのだということが分かった。作業道を開設する際に、水との折り合いをつけるのが大事だということをよく耳にするが、ひょんなことからその一端を思い知らされた。すぐに岡橋清元清光林業会長に電話したが、連絡がつながらず、岡橋清隆副会長に電話をした。何事かと岡橋副会長はすぐにかけつけてくれ、まあ、大事には至らないということがわかった。その日は、水たまりからバックホーを脱出させるのにとても苦労した。

 その小さな水たまりの谷を渡るだけのことだったが、割と大変な工事になった。数日後、岡橋会長が、一緒に作業をしてくれるという。その日に向けて、岡橋会長からの指摘で、砕石屋で栗石を買い、資材屋でフトンカゴ(栗石を詰めるための土木用資材)を買っておくようにとの事だったので、指示に従った。作業日当日、現場はあいかわらず水が止まらず、ジュクジュクになっていた。そこからのスタートだ。

 ジュクジュクになった土をバックホーでその場から撤去し、きちんと木を組み、バックホーの足場を安定させて重機がしっかり動く土台を作った上で、フトンカゴに石を詰める。フトンカゴを一番下の段に3個、それから上に2個と積上げ、水の処理が出来る土台をキチンと築いたら完成だ。

 この作業に取り組んだ日も、うっすら雪が積もっていた。寒い中、岡橋会長も、我々以上にドロドロになって作業に付き合ってくださった。そのせいか、後に岡橋会長は腰を痛められた。年をとっても、立場が上がっても、若手と一緒にドロドロになって頑張れるというのは、凄いことだと思った。いつかこういう人に、自分もならなければなと強く思った。

 工事の中で文字通り泥沼にはまったのだが、何事も泥沼にはまったときは、一つずつ土台を固めながら、乗り越えていくという事を、ただの土木工事の意味だけでなく気付かされた。生活用の水道パイプを切断

 その後、しばらくは順調に作業道の開設は進んだ。バックホーの操作にも慣れ、かなり調子にのって楽しく作業をしていた。その時だ。ふと気づくと黒く少し分厚いビニールのパイプを切断してしまっている。何でこんなパイプがあるんだろう、誰か捨てたのかなとか思いながら、しばらく気にせず進んでいた。が、パイプから出る水が止まらない。「ひょっとして、生活用の水道パイプかもしれない!?」やばいなと思いながら、パイプをたどっていくと、水道のタンクらしいものがあった。やはり、生活用の水道パイプのようだ。例のごとく、岡橋会長に電話したら近くの土木建設業者の方を紹介してくださった。その日は応急処置をして、翌日にはきっちり直してくれた。都会の山では、普通にありえなかった生活水も、山間部では山からとっているのだという当たり前のことも、こうして体験と共に理解した。

 小さなトラブルを沢山経験し、それを試行錯誤の末、一つ一つクリアしていきながら、作業道は開設されていく。振り返ってみるとトラブルの度に岡橋会長に助けていただいた。その都度、ベストな解決策を、惜しむことなく教えて下さった。岡橋会長がいなければもっと苦労していたと思う。作業道のルートを踏査する時も、バックホーや重機を購入する時も、いつも岡橋会長にアドバイスを頂いた。たまに岡橋会長が笑いながら、「谷君らはラッキーや。自分たちは、何回も失敗しながらやってきたことをすぐに教えてもらえる」とおっしゃっていた。確かにその通りである。ゼロからのスタートにも関わらず、経済的にも、時間的にも、非常に効率よく多くのことを学ぶことができた。「谷君、道やろな」と爽やかに語られる岡橋会長は、我々の恩人である。

【谷林業】吉野の5 大林業家のひとつ。中近世以来、現在の王寺町の大地主として山林管理を手がける。2011 年、老舗でありながらベンチャー企業として「谷林業株式会社」と改称。若手人材の育成や、新規事業の立ち上げなどを展開している。奈良県北葛城郡王寺町本町2-16-36 TEL 0745 – 72 – 2036

さとびごころVOL.28 2017 winter掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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