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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第15回

この記事はさとびごころVOL.41 2020 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

新緑萌える陽楽の森

 2014 年5 月23日、晴。青空の下、新緑が萌える陽楽の森。チィチィと鳥の鳴き声が気持ちよく響き渡る中、早朝よりイベント「チャイムの鳴る森」の準備が本格的に始まった。

 陽楽の森の山頂にはマーケットの出展者たちが、ナナツモリ田村夫妻の友人達、グンソーこと奥田さんやまっちゃんこと松本さんらボランティアスタッフ達に順序良く山頂会場に誘導され、手際よく準備が進められていた。寒い冬をじっと過ごしていた樹々も芽吹き、良い天気だなと言いあっているようで、どこか楽しげに見える。土の中から虫たちが今にも飛び立ってくるのではないかという溢れんばかりのエネルギーを感じる。そんな陽楽の森という舞台に出展者達も、運営スタッフ達も、アーティスト達も、笑顔だった。ナナツモリさんの創り出す空気感は、実に温かく華やかで、鼻歌を歌いだしたり、口笛を吹いたり、スキップしてしまいたくなるような、楽しそうな雰囲気が創られた。春真っ盛り、晴れ渡る空、美しい新緑、色とりどりに彩られたガーランドやテント、関係してくれた人々の楽しそうな雰囲気と笑い声。準備は整った。

 開会予定時刻の10時。「キンコンカンコーン」。実行委員長の田村広司さんが、手作りされたチャイムを勢いよく鳴らした。企画から約半年、待ちわびた一日が始まった。

チャイ森新聞

 最寄りのJR畠田駅から歩く人、駐車場にした生コン跡地で車を停める人、近隣から歩いて来る人など、お客さんたちが少しずつ陽楽の森へ来場してきた。森の登り口には受付が設けられ、チャイ森の誇るボランティアスタッフ達が緑のメガホンを胸にかけてスタンバイしていた。

 受付では、若手クリエーター集団スタジオミッツ作成のパンフレットが来場者の皆様に手渡された。A3の薄い茶色の紙を8つに折ったパンフレット。その表紙は、独創的だった。木の幹が数本描かれているだけで、一見すると落葉した後の冬の森の様に少し寂しそう。でも、貰った人が木の幹の上に自分の好きな色を塗って、それぞれ思い思いの森の雰囲気を自分の手で彩り、思い出のパンフレットになっていくという、クリエイターならではの演出が施されているのだ。春らしく桜を思わせるピンクに塗る人も、常緑の広葉樹や針葉樹の様に塗る人もいたと思う。「森で遊んで、森を学んで、これからの森を想う」というチャイ森のコンセプト、「みんなでこれからの森を創っていきましょう」という私の願いを気軽な形で早くも実現してくれた。

 パンフレットを開いていくと、会場の地図が描かれていて、どこにどんな出店がされているか、イベントスペースでは、何時から何が行われているかのタイムテーブルが書かれていた。パンフレットを貰った来場者の方々は、どこでどんな風に過ごそうかと想像を膨らませてくれたと思う。

 更に大きな秘密もあった。裏面に2064年5月24日発行の「週刊チャイ森新聞」というパロディタッチの空想新聞が掲載されているのだ。2064 年5 月24日、つまり50年後の未来の新聞。大見出しは「チャイ森タウン待望、新しいホテルついに来春完成」。チャイ森イベントをきっかけに住宅や公共施設、各種企業事務所が並びチャイ森タウンへと繁栄を遂げた50年後の陽楽の森で、「森に泊まる」をコンセプトにしたホテルが出来るというのだ。シンボルツリーである楠に、ツリーハウスのホテルが出来て、樹々の間を空中回廊が張り巡らされ、ツリーデッキやハンモックベッドも出来、トイレやシャワールームも完備され、森のコンシェルジュも常駐すると書かれている。目の前に実現した光景がイメージできる鮮明さに、その日が待ち遠しくなる。

 「チャイ森イベントから50年」という中見出しでは、ライター・富田淳さんがチャイ森の50年を振り返ってくれている。

 「今日では日本に限らず様々な場所で森起こしのイベントが開催されているが、その第1回は奈良県の陽楽の森と呼ばれる里山が舞台だったとされている。当時は、森がただ木材を供給するためだけのものと考えられており、木材需要の低下や閉塞的な林業業界の状況も相まって森は我々の暮らしから縁遠いものとなっていた。そんな折、森林資産運用家として名高い谷茂則氏の「人が森にあつまると森がよろこぶ」の一言をきっかけに、森という場が持つ価値を今一度見直そうという動きが始まった。それが今日のチャイムの鳴る森へとつながったと言われている。チャイムという言葉に込められた、森の魅力を広く伝えたいという強い思い。イベントの象徴ともなっているチャイムの音が聞こえると、それは開始の合図であるとともに、あの森が生まれ変わったというお知らせである。森の魅力、森の楽しみ方を知る、それだけでどんどん森は我々の暮らしに近いものとなり、今日のチャイ森タウンへと繋がっているのである。森からチャイムの音が聞こえる、森はもっと愛されていく、そんな未来を願いつつ」とあり、未来の事を想い、バックキャストしてそこに至るまでの過程も振り返る事が出来る。

 さらに、楽し気な小ネタとして、陽楽のカッパ・ヨウラッパの頭の皿を見つけたという話題や、田村さんをイメージさせるチャイ森幼稚園の園児ひろし君がタケノコ掘りをしていて、温泉を発掘したが、すぐに枯れてしまう話題等もあった。そして、「チャイ森新聞の内容はフィクションですが、50 年後本当になっているかもしれません。お楽しみに。」と締めくくられていた。

 気付けば山頂には、チャイムを鳴らす子どもたちが賑やかに騒いでいる。遠くにキンコンカンコーンというチャイムの音がひっきりなしに鳴らされている。

 森と人が楽しそうに幸せに暮らしている未来の光景は、どんなだろうか。もしかすると、今陽楽の森の山頂で目の前に広がっているような光景かもしれない。50年後の未来にはそれが世の中に溢れているかもしれない。そんな未来にタイムスリップして先回りして見たいと思いつつ、足早に山頂に登る道を登った。

谷林業が林業用に開設した山頂に登る作業道を、人々は作業靴ではなく、オシャレなスニーカーで歩いていた。チャイ森の構想段階では「ハイヒールで行ける森づくり」と冗談で言っていたが、まんざら冗談でもなくなっていて嬉しかった。

6年を経て

 それから6年程経った今、改めてチャイ森新聞を読み返してみた。園児ひろし君の話題は、その数年後に天川村で温泉運営にチャレンジして失敗することを予想していたのではないかとさえ思わせてくれる。それはさておき、チャイ森タウンの実現など「チャイ森新聞は現実化する」という都市伝説が流れていくようなれば面白い。当時、こんな未来が本当に来たら良いなと思っていたことを振り返りつつ、初心に戻らせてくれた。

 あれから、私自身の今はどの位この時思い描いた未来に向かって進めているのだろうか。3年間休止していたチャイ森イベントをもう一度始めてみる事は、この未来を現実にする一歩になるのかもしれない。そんな思いが芽生え始めている。 

さとびごころVOL.41 2020 spring掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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