この記事はさとびごころVOL.39 2019 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
ミナ ペルホネンは、聞き慣れない人には舌を噛みそうな名称かもしれないが、デザイナー皆川明氏が1995年に設立した、オリジナルデザインのテキスタイルによる服作りが特徴のブランドだ。そのミナ ペルホネンが提案する心地よい暮らしのための店として、2016年、南青山にオープンしたのが「call(コール)」。今、この店の棚に奈良の福祉施設が作った豆腐が並んでいる。それも、日頃から有名な企業とコラボすることを得意とするタイプではなく、どちらかというと素朴に地道にコツコツ活動する「コミュニテイワークこッから」の豆腐なのである。
とうふ工房を運営する社会福祉法人こぶしの会の常務理事である古木一夫氏(55才)と筆者は、年来の茶飲み友達でもあり、日ろごの活動ぶりや理念などはよくうかがい、豆腐やパン作りには、味に自負心を持って励んでおられることも知っていたし、実際しばしば購入もしている。しかし、その古木氏の口からおよそ出てきそうにない「ミナ ペルホネン」という名詞が出てきたときは、飲みかけたお茶を手にしたまま、少々驚いた。なぜまたどうして?こっから豆腐とミナ ペルホネンの隙間を埋める経緯を聞きに、とうふ工房を訪ねた。
ミナが好きでした
これを語るには、一人の女性職員の存在に触れなければならない。川野美幸さん(36才)だ。ハウスマヌカンの経験もあり、ミナ ペルホネンのファンだった。そんな彼女が2017年、聞き捨てならない情報をゲットする。くるみの木オーナー石村由紀子氏が総合プロデュースした奈良市の観光複合施設「鹿の舟」で洋服やグッズが展示&販売される「minä perhonen 展」に、皆川氏がやってくることがわかったのだ。川野さんは、気後れしながらも、古木氏など数名を誘って参加を申し込んだ。ちなみにこの時点では古木氏もまだ、ミナ ペルホネンを知らない。「古木さんが尊敬する糸井重里さんと皆川さんは、お友達なんですよ。行きましょう」と、わずかな親和性を頼りに法人幹部も誘い入れた。
この時、川野さんは密かに様々な妄想をシミュレーションしていた。「サインをもらう」「こッからのことを伝える」「パンと豆腐が美味しいことを伝える」。それらは、ほぼ現実となった。幸運なことに、call では他県の福祉施設の品物を取り扱っていたことも、川野さんの背中を押した。川野さんは会場で、数度にわたり皆川さんに接近する勇気を振り絞り、「じゃあ、名刺を渡すからここに送ってみてよ」という一言をもらうことができたのだった。10月7日、土曜日のことである。驚きと喜びの中で川野さんは考える。「今までお付き合いした経験のないような、大きな会社なんだから、スピード感が大事だわ。月曜日に発送しよう」「最初で最後のチャンス、パンも美味しいけど豆腐に絞ろう、こッからの仲間(こッからでは利用者たちをこう呼ぶ)のことも伝えよう」…。
突然降ってきたチャンス
寝耳に水なのは、とうふ工房の現場である。工房の開設時から担当を務めている田村智章さん(40才)が、この案件を引き受けることになった。サンプルを発送し、皆川さんやcall の方達に試食してもらう。この発送次第で、取り扱ってもらえるかどうかが決まる。週明けに出勤したら大仕事が待っていたことになる。このチャンスに田村さんも食らいついた。
数種類ある豆腐シリーズをバランスよく詰め込み、豆腐の特色、魅力、工房としての取り組みなどを伝える資料も添付。運送中の破損や水浸みを防ぐ工夫もし、価格設定も考えた。あとは返事が届くまで、心臓を高鳴らせながら、ただ待つことになった。
ある日、事務局にメールが届く。スタッフがあたふたし始める。「callさんからだ」「わあ、どうしよう」「もうだめだ!」何がダメかわからないが、人は本当に望んでいることが叶うかどうかわからない時「だめだ」と叫ぶことはある。生唾を飲み込んで開いだメールには、「美味しかったです」の文字があった。
取引が始まってまもない昨年2月、店に並んだ豆腐を直に確かめるべく、そして仲間のことを知ってもらうために、数名でcall を訪問した。
そして、やりとりのメールが届く度にハラハラしつつも、話はより具体的になっていった。取り扱い品目は4種と入り数各6個。「絹とうふ」は、単価を考慮して通常より小さく、call 用のサイズの充填方法を整えた。パッケージも、提案を受けてこッからのもう一つの得意技である紙漉きチームによる和紙でくるみ、ロゴも新しくデザインした。「call にはカフェもあるので、売れ残ったら料理に使います。とりあえず、3ヶ月、やってみましょう」との言葉にこぎつけたのは、年末のこと。こうして2018年1月からの3ヶ月、こッからの豆腐がついにcall の棚に並ぶことになった。
安心するのはまだ早い?
田村さんの話を聞こう。
「僕らはこれまで、顔の見える関係のお客様を対象に作ってきました。そこには、もし何かあってもフォローできる安心感もありましたが、今回は新規の、東京の、おしゃれなお店…というこれまでにないお客様。取り扱いが決まった時は嬉しかったですし、仲間たちの大きなやりがいになりました。最初はいつも緊張していたので、言葉に思いやりのあるcall さんのメールには、ホッとすることもしばしば。もしかしたら、call さんは3ヶ月だけというお気持ちだったかもしれません。しかし、僕たちとしては、『これきりにはしたくない』と思いがありました。『数が減ってもいいので、続けさせて欲しい』と働きかけ、あと3ヶ月、さらに3ヶ月と続けるうちに『味の評判がよく、リピーターのお客様がいらっしゃいます』」との声がいただけるようになりました」。
call からは後に、「皆さんの熱意とお味の良さがお仕事をご一緒したいと思う決め手」となったと知らされ、職員と共に、内心ハラハラしてきた古木氏も、そっと安堵する。
根本は、仲間の幸せ
いつでも狙いを定めて戦略的に行動できる人もいる。そうでなかったとしても、秘めた熱い思いから生まれた小さなきっかけを、大事に育てる道もある。こッからは後者かもしれない。普段から「仲間の幸せとは何か?」を中心に据えて取り組み、地道に続けることで信頼を築いていくこッからのあり方は、この豆腐作りにも表れているようだ。
2019年10月現在、取引は継続中。次に古木氏とお茶を飲むときは、どんな近況が聞けるのだろう。
阿南セイコ (さとびごころ 編集長)
さとびごころVOL.39 2019 autumn掲載