この記事はさとびごころVOL.42 2020 summerよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。
食べる・買う
山頂に上がると、カラフルなテントがたくさん建ち並び、森の中で買い物ができる即席マーケットが出来上がっていた。アクセサリーや木工、陶器、家具や鞄等のセンスの良さげな小物。地産地消の美味しいご飯を提供するお店や、コーヒー、クッキーやお茶、焼き菓子、ピザやパンを提供するお店も出店していた。山頂まで数分間坂道を歩いた先にひろがる楽しげな空間。アトリエハピバールという大阪の障害者福祉施設の中川直美さんは、施設利用者のまさるさんの、愛らしい人形の形をした陶器の箸置きや、昆虫が大好きなソギさんが作る切り絵とは思えない様な精巧な昆虫の切り絵を販売していた。
若いお母さんは買い物を楽しみ、子供たちは森の中を駆け回っていた。子供たちも楽しめる手作りのTシャツや木工のワークショップブース等もあって、賑やかな声が森の中を響き渡っていた。
音楽とチェンソーアートとふくおと歩く
昆虫写真家の伊藤ふくおさんと一緒にただ歩く企画「ふくおと歩く」が始まり、伊藤ふくおさんが腐った丸太をほじくって、カブトムシの幼虫や冬眠からまだ覚めていない蜂等を子供たちと見つけていた。
山頂のメイン広場では、黒滝村森林組合の梶谷哲也さんによるチェンソーアートの実演が始まった。梶谷さんと言えば、林業界ではちょっとした有名人。アラフォーにも関わらずすらりとして手足の長い梶谷さんが丸太を前にチェンソーのエンジンをかけた。ブルルン。ブーン。丸太に迷いなくチェンソーが当てられ、キレイな切りくずが派手に飛び散っている。梶谷さんがチェンソーアートの実演をしている周囲には、人だかりが出来ていた。三十分程で丸太は見事に可愛らしい熊のカタチになっていた。陽楽の森の周辺は郊外型の住宅地。チェンソーなんて見る事もほとんどない。そんな都会の人々の前に現れたカリスマフォレスター梶谷さんは、きっと格好よく映っていたと思う。
賑やかなバンドの演奏が終わる頃には、柔らかい陽ざしも高くなっていた。そこに今までに見た事もない位多くの人が陽楽の森を訪れていた。「谷さん、すごい事になっています。もう、千人を超える位の人が来てくれているみたいです」。田村さんが興奮し、声を弾ませて教えてくれた。「へえ。すごいね」。聞けば、陽楽の森の前の道路が渋滞しているらしかった。イベントが始まる前に立てた目標をたった半日でクリアする勢い。そうしていると、町役場から正午を告げるチャイムが聞こえた。条件は整った。いよいよチャイムの鳴る森の一つの目玉、谷林業株式会社のREAL WOODJOB・実演木こりの仕事の始まる時間になったのだ。
谷林業によるデモンストレーション
ステージになるのは、陽楽の森のシンボル、ツリーデッキのすぐ真下の広場。私は拡声器を持ってデモンストレーションの解説を行う。斜面を所々ならした場所に、丸太でイスが創られていて、奈良県庁から借りた青いヘルメットをかぶった観客100人位が座って待っている。
事前に準備されたワイヤーロープが張られ、谷林業架線班が吉野郡で使っていたラジキャリ(自走式搬機)が準備されている。対岸の斜面には、少し手入れが遅れた桧の小さな人工林がある。そこから木を伐採して、ワイヤーローブに設置されたラジキャリで引っ張りだして運ぶ。終点には、ヨーロッパ製のハーベスタという高性能林業機械が装備された日立建機のショベルカーが待ち受けている。
時間になり、谷林業のメンバーが整列した。谷林業若手ドタバタチームのきっかけになった前田駿介さん、架線班リーダーの久住一友さん、ゲットクラウドという屋号の林業家・吉野剛広さん、チャイ森イベントの二ヶ月前に入社した高橋潤さん。
まずは、前田さんがチェンソーで細い桧を伐倒する。切り倒す木をしっかり倒せる様に、牽引用のロープをセットする。木の下部にロープを巻き付け、もやい結びをする。それを使って、木の高い所まで手繰りあげる。「前田さんがロープを手繰り上げます。どうぞ」。ビュン。ロープが見事に上にあがる。観客席からは拍手が送られる。セット完了、いよいよ伐倒だ。チェンソーのスイッチをオンにして、スターターを引く。ブルルルン。チェンソーのエンジンがかかる。
「それでは、受け口をつくります」。受け口をつくる方向に木は倒れる。安全に作業するために、受け口を上手につくることがいかに大事かを私が解説する。そして追い口を伐る。追い口を少しずつ伐りながらプラロックと言う牽引具を引っ張る。木は受け口の方向に少しずつ倒れる。ドスン。木が上手に切り倒された。パチパチパチパチ。盛大な拍手が起こる。
前田さんは、平成22年の入社以来、林業以外の世界とあまり接する事がなかった。ドタバタチームを指導してくれる松尾さんを始めとした山守さん達からは太い木の伐り方を習い、厳しく指導されてきた。それが、今日は大勢の人の前で細い木を伐って盛大な拍手を受けている。
次は、伐採された桧にワイヤーを巻き付ける。ラジキャリの出番だ。ラジキャリのエンジンが久住さんによってかけられる。ラジキャリのワイヤーと桧のワイヤーが結節され、引っ張られる。木は少しずつ引っ張りだされた。そしてラジキャリが張られた太いワイヤーロープ上に引き寄せられ、いよいよ注目の的である高性能林業機械ハーベスタの前に到着した。久住さんがワイヤーをはずす。ハーベスタには吉野さんが乗って待ち受けていた。伐採された桧をハーベスタで持ち上げる。複雑な操作だが、すでに手慣れた吉野さんは器用につかみ取った。そして、尺取虫の様に約3メートルほどハーベスタは動き、で止まった。そこで、吉野さんはハーベスタのチェンソーのボタンを押す。ハーベスタからチェンソーが出てきて上手に玉切られた(玉切り=丸太にすること)。またしても、盛大な拍手が起こる。ハーベスタは、檜の枝をそぎ落としながら、さらに3メートルのところで止まり、チェンソーで玉切る。そして、伐採された木は上手に吉野さんによって並べられた。
日頃は、吉野の山中で活動してきた若者たち。人目に触れることなく、作業をしてきた。今日は、快晴の陽楽の森で200人余りの人に見届けられながら、どのメンバーも晴れやかな笑顔の下に作業を終えた。
デモンストレーションが終わった後は、林業機械とフォレスターと写真を撮れるコーナーも用意されていた。小さな子供たちが両親に連れられ、嬉しそうに写真を撮っていた。
その後、切り株の前で小さな男の子が、チェンソーで木を切り倒す真似をして、「ぶーーーーん」と叫んでいた。アンケートにも、我が子の職業選択の一つとして林業がある、ということがわかってよかったと書かれていた。
フォレスターが将来地位の高い職業として、社会の注目を浴びるきっかけづくりが出来たような気がして嬉しかった。
二日で5000人
チャイムの鳴る森は、二日で5000人の集客があった。大成功と呼べる二日間だった。実行委員の方々、運営ボランティアスタッフ、運営ボランティアの人の顔は達成感に溢れていた。チャイ森イベントは、全国に向けて発信されるに十分な実績を得た。
空が青いだけで、未来に希望が持てる。未来は夢と希望に溢れている。この体験は私達にとっては極めて大きなものとなった。
当時公開されていた林業映画「WOOJOB」と共に、このプロジェクトの未来はバラ色にしか見えなかった。手作りのイベント、ナナツモリ田村夫妻をはじめ関係してくれた人々への感謝が今でも溢れてくる。
森に人が集まれば森が喜ぶ。このコンセプトが実現した夢のような二日間であった。ここから、多くの人の夢も一緒に背負っていくことになると思った。しんどい事も増えるだろう。でも、その先の未来にしか本当に自分が生きていてよかったと思える未来はないのかもしれないなと思った。
さとびごころVOL.42 2020 summer掲載