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森とともに生きる 十四代目林業家 ドタバタイノベーション奮闘記 第8回

この記事はさとびごころVOL.33 2018 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

村外山林所有者「山主」が、山林所在の住民「山守」に、森林の保護管理を委託した山守制度。その伝統がゆらぐ時代に、次世代山主が新しい「森とともに生きる」を模索します。

原木市場へ

 平成23年初夏の頃。伐採現場から大橋式作業道を何度も上り下りし、四苦八苦して運び出した丸太は一旦仮置き場である川上村東うのがわ川地区にあるヘリポートに降ろした。そこから運送屋さんに任せて大型のトラックに積みなおして丸太市場へ運ぶ。

 出材した丸太を持って行く原木市場は、我々の後見人である松尾光泰さんが永年の経験から奈良県銘木協同組合を選んでくれた。「めいきょう」の名で親しまれている木材市場だ。「めいきょう」には、奈良県中から銘木と呼ばれる優良な丸太が集まってくる。吉野林業から産出される手入れの行き届いた優良な丸太を購入するならこの市場、という吉野林業を代表する市場の一つである。全国から高級材としての吉野材を買い求める人が集まってくるので、相場も高くなりやすい。ヒノキを製材する製材所の多い奈良県桜井市にあり、今回出材した丸太がヒノキの百年を超える銘木であったので、松尾さんは「めいきょう」でセリにかければ、一番高く売れると判断し、谷林業ドタバタチームの記念すべき市場デビューの場所として選んでくれた。

 市日の選択も大事だ。松尾さんは「茂則君、前回の市で製材所は在庫を抱えてお腹一杯になってるみたいやわ。相場は水もんやからな。一番高く売れそうな市を目掛けなあかんで。今からやったら七月の記念市がええと思うから、それに向けて日程調整しよか。百年も山で育ててきて、何も考えんと適当に市日を選んで安く買われたら先人にも申し訳がたたんからな。しっかり戦略をたてていくで。」と言って、七月の市にかける手続きを進めてくれた。

化粧直し

 「それとな、市に備えて化粧直しの作業をするからな」と言って、松尾さんは市場での集合日を指定してくれた。化粧直しって何するんだろうと思いながら、指定日に市場に向かった。

 市場に到着すると、準備周到な松尾さんが用意した金だわしを二つ渡してくれた。そして「化粧直しとは、丸太の末口を美しく整える為に行う作業や。丸太にとって末口は顔みたいなもんや。買い手は顔を見て良い木かどうか判断するからな。結婚式の前にお嫁さんになる人に化粧するんと一緒や。娘を嫁に出す位の気持ちでやれよ」と言った。立木を伐るのは作業環境の悪い山で行うため、末口の切り口がいびつであったり、運送の過程で末口に土がついて汚れたりしている。それをチェンソーで伐り直し、切り口を金ダワシで磨く。そして、最後に門前山から出て来た丸太だということを実証する刻印という実印を丸太に打刻する。市場で買い手に見られる顔にあたる丸太の末口を、最後に精一杯美しく見せるのだ。早い段階で枝打ちを行ったのだという証拠を買い手に見せ、少しでも高い金額で買ってもらうことも化粧直しの目的だ。

 市場には、我々が出材した丸太が一列に並べられていた。思えば結構な量を出材したなという位、大量の丸太が並んでいた。いよいよ夏になっていくなという暑い一日。これを全部化粧直しすると思うと少しぞっとした。一本一本チェンソーで小切っては、金ダワシで磨き刻印を打つ。地道な作業で、案外時間がかかる。屋根のない直射日光の照りつける木材市場の土場での一日作業。終わった後には、暑さでどっと疲れが出たが、切り口の美しいヒノキの丸太が並んでいる様子を見て充実感で一杯だった。

 嫁入りの準備が出来た丸太達は、後は市日当日を待って旅立っていく。

丸太市場の日

 平成23年7月。丸太市場の日。川上村白屋地区藤の奥山林で百年余りの時を過ごした丸太の晴の門出の日だ。その時点で百年前と言えば、大正元年。自分から考えればおじいさんが生まれた頃。若かりし曾祖父やその世代の山守さんや、山行きさん達が植林し、祖父、父親の世代へ引き継がれ、我々の世代によって市場に送り出される。林業とは不思議な仕事だな、と思った。

 木材の市には、随分前から見学には行っていた。しかし、よそ者感が半端なくあって、参加した感じがしなかった。今日は、自分が伐採した丸太がセリにかけられる。今まで同様のよそ者感もあったが、自分はこの丸太を伐採から関わって出材したという自信に満ちた気持ちもあった。ドキドキしながらセリを迎えた。

 木材市の当日は、スギとヒノキの浜に大きく二分されている。丸太の太さや長さ、品質の良さ、出荷主毎に分けて、原木市場の職員さんが椪(はい)と呼ばれる塊に並べる。細い木なら数十本という椪もあれば、木材のトロの部分の元玉等は、一本ずつが椪になっているものもある。我々の持って行ったヒノキも整然と並べられていた。そして、定刻になり順番にセリが始まった。

 セリを仕切るのは、振り子と呼ばれる市場の職員さん。振り子がチリンチリンと手持ちのベルを振り鳴らし、セリにかける丸太の椪の上に立ち、セリが始まる。「はい、この木なんぼ。○円から、はい、○円でーた。○円でーた」。振り子を中心に、買い手が恐らく数字を表しているであろうジェスチャーを出す。振り子は買い手の動向を見ながら、売り主と目くばせやジェスチャーでのやり取りをしながら金額が決まっていく。「はい、○円でーは、○番さん」チリーン。買い手が決まると、振り子をサポートする職員さんが、決まった買い手の番号と単価を丸太にチョークで書いていく。振り子さんの小気味よいリズムで、セリは動いていく。

 良い木は買い手が競う様に金額がセリ上がっていく。その逆もある。そういう時は、セリが一気に停滞する。「買うたってよー」。振り子が上手に買い手を促す。「しょうないなー」と情けで売れ落ちる丸太もあるし、売り手の希望金額にとどかなければ「元落ち」といってセリが不成立になる。買い手と振り子、売り手の駆け引きも面白く、多くの買い手と売り手の利害関係を一瞬で捌いている振り子さんはちょっとしたエンターテイナーの様だった。

 結果は1㎥当り4万7000円(※)。「茂則君、ええ値段で売れたなあ。まあ、今の時代やったら御の字ちゃうかあ」。

※ 木材の取引は、1立方メートル当たりいくらという材積単位で行われる。材積は末口二乗法という方法で、末口と呼ばれる丸太の一番先の最小の直径を二乗してそれに長さを掛け算したものが、その丸太の材積と決められている。その材積にセリで決めた金額を掛けた金額がその丸太の値段だ。30センチの末口の丸太だと0.3m×0.3m×3m=0.27㎥。仮に㎥単価が5万円だと、5万円×0.27㎥=13、500円がその丸太の値段ということになる。

 良い値段だったとはいえ、思い立って大根と比較してみた。末口10㎝、長さ30㎝の大根なら、0.01m×0.01m×0.3m=0.00003㎥になる。それが100円なら大根1㎥は300万円を超える計算になる。木材は大根より重く、急傾斜地に立っている。伐採するのも技術がいる。しかも木材の育成は100年を超える時間がかかる。大根も育成に当然手間暇がかかるので一概には言えないが、そう考えると木材って安いなあと思った。

次のステップへ

 当時の谷林業のドタバタチームにとっては、やることなすことが全て初めての体験であった。数年前、岡橋会長を父親達と一緒に訪ね、林業をどの様に始めていったら良いですかとアドバイスをもらいに行った時は同世代の仲間は誰もいなかったし、木を伐ったこともなかった。それから前田君や柏田君が参入し若手のチームが結成され、岡橋さんや松尾さん等の絶大なサポートをいただき、道づくりから始めて伐採を習い、自分たちでトラックに乗って搬出し、木材市場で丸太を売るという所まで漕ぎつけた。

 林業の一通りの流れを経験できた。まだまだ未熟なチームではあったが、ぼんやりと全貌を見れた事は私たちにとっては大きな事だったと思う。ここまで漕ぎつけることができ感激はひとしおであった。

 これから始まっていく明るいかもしれない未来に対する期待に胸が膨らむと同時に、その未来を現実にする為にやっていく事の責任の重さと大変さに不安も感じた。

 この頃に、高知県の森林組合で架線技術を習得した久住一友さんが谷林業に就職することになった。道づくりの作業チームに加え、新たに架線による木材生産チームを結成することを視野に、谷林業ドタバタチームは次のステップに進んでいくのであった。

さとびごころVOL.33 2018 spring掲載

文・谷 茂則(谷林業株式会社 取締役)

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