この記事はさとびごころVOL.33 2018 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
農的暮らしへの願望を感じつつも、就農にはハードルを感じる人へ。農家を手伝いながら土とのつながりを取り戻すことができる仕組みが生まれました。新鮮な作物をいただきながら。
近鉄奈良駅から、車でわずか20分。取材班は、奈良市田原地区で竹西農園が経営する日本茶カフェ& 農家レストラン「遊茶庵」へ。にこやかに私たちを出迎えてくださったのが、畑ヘルパー倶楽部代表の見掛加奈さん。農家と消費者の関係を見直すしくみを考案し、この田原で実践している方だ。この日も、竹西農園の茶畑で農作業の手伝いをしているところ、手を休めて対応してくださった。2016年まで、都会で大手電機メーカーに勤めていた見掛さんが、なぜ農の世界に転身されたのか、新しいしくみを思い立ち実践に至ったのか、「遊茶庵」の一室にてお話を伺った。
信頼できる「食」は、どこに。会社員から、社会起業家へ
2014年に発覚し、大きな社会的問題となった食品偽装事件。そして、御岳山の噴火、消費増税。これらのニュースに、「人にとってあたりまえに必要な食の世界で、ただならぬことが進行しているのでは?」、と危機感を持った見掛さん。口に入れているものは安全か、お金があれば手に入るのか、食を見直すきっかけになったそうだ。
当時、見掛さんは、大手電機メーカーに勤務し、商品企画に携わっていた。次々と駆け足で進行する職務は、慌ただしいが充実していた。会社が早期退職を募集した際にも、見掛さんは慰留を受けたほどだ。けれども、いったん食への関心が広がると、人にとってのしあわせとは何かを真剣に考えるようになった。
そうした折、JR奈良駅で開催されていたマルシェで出会ったのが、田原地区で自然農を実践する福井佐和さんだった。福井さんは田原ナチュラル・ファームを営み、農産物の販売だけでなく、援農のメンバーも募集されていた。そこに見掛さんが飛び込んだ。
田原の農園を訪れるようになって気づいたのが、農家の深刻な人手不足。援農者を集っても、昼食・送迎付など、農家が援農者を手厚くもてなす従来のやり方では、農家が持たない。そこで見掛さんが考えたのが、農家に負担をかけない「畑ヘルパー倶楽部」。詳細は後述するが、畑ヘルパーは、装備や食事を自前で準備、保険にも加入。作業のお礼として、生産物をいただく、というものだ。
2015年に、奈良NPO 主催のなら・ソーシャルビジネスコンテストに応募。2016年の春に優秀賞を受賞した。
こころざしある自然農・農家の人々との出会い
受賞後、さっそく活動実施の運びとなった。当然のことながら、田原地区の農家の賛同なくしては、倶楽部の活動はありえない。最初は不安もあったが、前述の福井さんや、福井さんの紹介で竹西農園さんなどにアイデアを話すと、すぐさま快く賛同が得られ、見掛さんは、たいへん勇気づけられたそうだ。
現在、畑ヘルパー倶楽部の活動地は、田原地区を中心とした6〜7カ所の農家に広がっている。もちろん、すべて、農薬や化学肥料に気を使う農家だ。
お金を介さない援農のしくみ
「畑ヘルパー倶楽部」のユニークなところは、農家に負担をかけないこと、そして、お礼をお金でもらわないことだ。畑ヘルパーになりたい人は、会の運営費や保険加入料を賄う会費(月千円)を支払い会員として登録。週2〜3日の活動日に農作業を手伝い、そのお礼として、野菜やお米などの農産物か、もしくは、野菜交換券と呼ばれるチケットを手に入れる。チケット制度により、野菜の取れない時期でも畑ヘルパーはお礼を受け取ることができ、農家は金銭的な負担をせずにすむ。
参加者は、採れたての新鮮な野菜をいただくことはもちろん、作業が日々のストレス解消になったり、合間の語らいを楽しんでいるそうだ。なにより、助け合える存在がいることで、自然や人への感謝の気持ちが生まれる。
作業日時は、設定された曜日の中から自分の都合に合わせて選べ、活動しない月の会費は不要。お買い物だけの会員になることも、通年の会員になることも可能。誰もが参加しやすい柔軟な制度になっている( 左下囲み参照)。
2016年の秋に活動を開始してから会員は順調に増え、現在、70名。20代から70代までの男女が参加する。農作業の手伝いだけでなく、味噌作りや婚活イベントなども手がけるようになった。「いずれは倶楽部で、農産物の六次産業化もやりたい」と見掛さんは語る。
堆肥撒き作業体験 消費されない手ごたえ
取材の日、竹西農園さんの茶畑の農作業を少しだけ体験させていただいた。醤油かすなどで作られた香りのよい堆肥袋をかかえ、肥料をまき散らせながら斜面を駆け下りる。プロの竹西さんは、20キロの袋を抱えて、さっそうと。しろうとの取材班は、それを小分けにした袋を持ち、イノシシの堀った穴に落ちそうになりながら、のたのたと、しかし、どこか、すがすがしく。
効率だけを問えば、素人はプロには敵わない。けれども、体を通じて実感する土や堆肥の香り、風や陽ざしのつめたさ、あたたかさ、そして、作業する仲間との語らい。自分が携わった生産物を口にするよろこび。
お金のやりとりは、一瞬で世界中をかけめぐり、それで終了。それがお金の便利さでもある。けれども、自分の体が得た感覚や経験、人や場所との関係は、終わるものではない。
人にとってのしあわせって何だろう? 茶畑からの風景を眺めるうち、山向こうのおてんとさんから、お前さんはどうだい?、と問いかけられる気がした。
取材・文 嶋田貴子 さとびライター
(コーディネート• 大浦悦子 写真撮影協力• 荒井麻衣子)
さとびごころVOL.33 2018 spring掲載