元旦に、SNSでございさつをさせていただきました。ご覧いただいたみなさま、ことしもさとびごころや、あなんと繋がってくださるみなさまに届きますようにと投稿いたしました。
お正月を迎えるということは、歳神様を家に迎え入れるということなんですよね。なんでも神様です。すべては神様。こういう考え方がとても好きです。でも、戦後教育を受けてきた世代は、なぜなのか本当はよくわからずに風習として受け入れてきたりしませでしたか。明治生まれのおばあちゃんが、せっせとお正月の準備をしているのを見て育ちながら、恥ずかしながらあなんも、大人になってから知って、ああ、そいういうことだったのかと、あらためて大切にしたいなあと思うようになりました。昔からやってきていることの理由を知るのって、いいですよね。
そして、おめでとうという言葉が予祝であることも、実は、最近知りました。本能的にお正月はおめでたいと思っていますので、何がおめでたいのかよくわからなくても、とにかくおめでとうなのでした。でも、日本には「予祝」というものがあるんですね。あらかじめ祝うことで、そのようになっていくようにする。ひきよせる。なんということでしょう、流行の「ひきよせ」をとうの昔からずっとやってきた先祖のみなさん、すばらしいです。子孫も倣います。
これに対してハッピーニューイヤーは、はやりお正月の挨拶の言葉であることには変わりないのですけれど、「あなたにとってハッピーな一年でありますように」という意味がこめられているそうです。文化が違えど、これも素敵ですね。
日本の文化、何千年、何万年とつむがれてきたものの尊さを元旦にはいつも以上に感じます。
元旦の朝、「夜明けだよー」と旦那さんが声をかけてくれたおかげで、いそいそと戸外へ(昨年同様)。住宅街の向こう側から登る初日の出を拝みました。空が明るくなり、山の頂上がキラッと光ったかと思うと、秒単位で太陽が姿を現しはじめました。そして、みるみるうちに、あたりが光で包まれました。(アイキャッチ画像の太陽は年内に取材のためにとったものです。こちらのほうが光っているので使いました)
太陽があるから植物が光合成をしてくれて、わたしたち人間の食べ物ができることをはじめ、何からなにまで、命は太陽のおかげさまさまであることを思い、感謝を捧げました。
なんの根拠もなく、今年はいい年、そう決まっているんだという心になることですよね。ということは、、、おのずとやりたいことがいいことが見えてくるような気がします。
去年のお正月までは、母と別れたぽっかりした気持ちが残っていたものです。今は、見守ってもらっています。
みなさんは、今年をどんなふうに過ごしていかれますか。おめでとうございます、とってもいい一年ですね。今年も、さとびごころ、あなんともども、よろしくお願い申し上げます。
PS
今年の初詣は、添御県坐神社(そうのみあがたにいますじんじゃ)へお参りしました。かつて長髄彦さんがお治めになった地域に今、編集室がお世話になっています。