この記事はさとびごころVOL.49 2022 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
針葉樹の人工林が多い奈良の森ですが天川村洞川地区では、広葉樹の森づくりが行われています。2019 年から始まったプロジェクトのその後をお伝えします。
天川村の現地でこのプロジェクトが始まったのが2019 年。120 年間の分収契約(造林者が土地所有者に借りた土地で木を育て契約期間内で伐採し販売する契約)が満期を迎え、2代目の60年あまりここで育ったスギ・ヒノキが伐採されました。その立木販売価格が余りにも安かったことに衝撃を受け、土地所有者である洞川財産区は、この広い伐採跡地に地域の自然にふさわしい本来の恵み多き森を育てたいという思いが強くなりました。
しかし、当時の公的な森林整備事業ではいろいろな制約も多く、地域が描く森づくりに利用できる支援制度が見当たりません。そこで、農林水産みらい基金の事業コンペにチャレンジし見事支援を受けられることとなり、「木の恵みと生きる陀羅尼助の郷、 天川村の豊かな未来」プロジェクト事業がスタートしました。この詳細は「さとびごころ」37号と38号に書かせていただいたので、よろしければ読み返してみてください(上記リンク)。
苗の生産は苦労がいっぱい
プロジェクトの支援を受けられる期間が3年間なので、3年目の秋には必ず苗を植えなければなりません。一番多く育てたいキハダの苗も、山に植えるようなロットで生産している生産者は近隣に居ないので、プロジェクト仲間のポニーの里と南裏種苗園に種苗生産をお願いしました。同時に自らも種苗生産を経験し、将来は地域のいろいろな樹種の苗の生産を地元でできるようになればと考え、奈良県森林技術センターの指導を得ながら苗の生産にもチャレンジしました。県の大和野菜研究センターでも試験的にご協力いただき、最終的には一番大きな成果を出していただきました。
2年半広葉樹種苗生産に取り組んできましたが、広葉樹コンテナ苗の先行事例が少ないため苦労も多くありました。灌水、病虫害、施肥など苦労の連続でしたが、関係者で情報交換しながら協力し、2021 年秋にはなんとか山に植えられる6 樹種計2 万本の苗を確保することができました。
壊れない道作りで資源の搬出と多面的な活用を
この森には、天川村洞川地区で1300 年の歴史がある陀羅尼助という胃腸薬の原料となるキハダ という木を、適地に出来るだけ多く植栽し、地域産業の持続性にも寄与しようという狙いもあります。
ただ、原料となる樹皮の取引価格は今のところ目の前にある木を伐採して皮を剥ぎ出荷する作業で、ようやく1 日の日当が稼げる程度なので、山の奥深いところに植えて収穫すれば運搬などで採算が取れず、利用できない状況になってしまいます。そこで、今回の造林地には1haあたり250mの作業道を入れました。この密度で作業道があれば、育った木を伐採すれば、ほとんどの場合は作業道から収穫でき搬出できるという理屈です。
作業道は木の手入れや収穫のほか、ハイキングやMTBでの活用も視野に入れ、森の多面的な利用促進に寄与し得るよう開設しました。道を作ることで山が崩れるようでは元も子もないので、開設には「壊れない道作り」の師匠、岡橋清隆さんのご指導を受けながら村の地域おこし協力隊が丁寧に作りました。
自然条件を観察し植栽を進める
作業道の開設が進んで森全体へのアクセスが確保でき、堅固な防鹿柵の設置も完了し、厄介な鹿の食害からも森を守る態勢が整いました。2年半かけて皆さんにご協力いただきながら育った苗がいよいよ山に植えられる時が来ました。
2年間で繁茂した痛いトゲがあるクマイチゴなどの雑草を刈払い、植栽を進めました。10の造林地でも場所によって、谷筋や尾根、古い滑落崖や崩積土など、地質や基岩、水分量、風の吹き方などの条件が大きく異なります。これらの条件に適合する樹種を現場に植えることが森づくりでは重要な視点です。自然配植の権威高田研一先生をお招きし、植栽についても地元の関係者で学びを深めました。
地区の皆さんで学びを深めたことはこれからの森の持続的な管理に大変有意義なことだと考えています。
新しい森づくりの仲間
3年間のプロジェクト活動は目の回る忙しさでしたが、関係者のご協力もあり、なんとか種取りから始まった広葉樹の森づくりも育林のスタート地点に立てました。
今、完了したのは10の植林ですが、我々にはこのすぐ横にまだ18の伐採跡地が待っていますし、今植えた10も成林するまでの管理や育林の経費を考えると気が遠くなる状況です。
なんとか森づくりの財政的な支援を受けられないかと考え、国内大手企業にアプローチしてみました。森づくりに熱心だったその企業は積極的に支援を表明してくださったのですが、契約の直前でコロナ禍による事業見直しを受け、話は流れてしまいました。
止むを得ず苦肉の策で、緩斜面は地区の手づくりで広葉樹を植林し、急斜面はスギ・ヒノキ造林の公的支援で植林せざるを得ないのかと相談していたところ、一筋の光が指しました。新しいパートナーからのアプローチです。この新しいパートナーは我々が目指す郷土の多様な森づくりを強く支持してくださり、共に森づくり活動を考え実行してくださる一般社団法人moretrees さんでした。
2021年に即、意気投合。天川村との森林保全協定締結後、直ちに協働が始まりました。一部諦めかけていた郷土の森づくりも、心強いパートナーのおかげで断念せずに済みました。
どこにも負けない美しい郷土の森づくりの夢は、これからもますます広がります。
文・杉本和也 天川村地域林政アドバイザー/奈良県森林総合監理士会 会長
さとびごころVOL.49 2022 spring掲載