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食から始まる農の振興 下浦隆裕さん(奈良県庁職員)風は奈良から ~さとびごころ×七つの風~ #01

この記事はさとびごころVOL.41 2020 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

三浦雅之&阿南セイコがゲストをお迎えしてインタビューする連載

GUEST 下浦隆裕さん(奈良県庁職員)

HOST 三浦雅之・阿南セイコ

下浦隆裕さん。江戸時代から明治はじめの農について書かれた指南書『老農 中村直三』(大正9 年)を手に。下浦さんの先祖のことも載っているとのこと。

新しい条例がスタート

阿南:奈良県では、この4月から新たに食と農の振興条例が施行されます。「風は奈良から」初のゲストは、奈良県職員としてこの条例作りに関わられ、プライベートでも農村振興のための活動をされている下浦さんをお迎えしました。

三浦:「風は奈良から」って、奥田民生の『風は西から』をイメージしてつけてます。

 奈良って色んなものが新しく発祥するっていう面があるんです。そんな事柄に注目し、「ひと」にフォーカスしてやっていけたら凄くいいねというのがこの企画。七つの風でいうと、僕なら風味、セイコさんだったら風景は僕よりストロングポイントかなと思いますし、二人で補い合いながら奈良から吹く風を見つけたいと思ってます。

 下浦さんは、まずご自身が農業土木の技師であり、農の現場の事を実際にやってらっしゃる方でもあり、なおかつ奈良県職として今回の条例作りにも関わっておられて、まあほんとに大きな視点で奈良の事を見られる人。今奈良県の農的な様々な課題が色んな意味で新しいステージを迎えてる時に、同時に三つ見れる方っていうのは下浦さんしかいないんじゃないかって僕は思ってます。ぜひ色々と、ご教示ください。

下浦:いやいやいやいや。実は僕ね、最近ほんとにね、痩せたんですよ。

三浦:そうなんですってね!10キロ!

下浦:野菜とウオーキングのおかげです。今ね、野菜が美味しく感じるんですよね。よく考えたら、やっぱり食べ物って人間にとって一番大事やなと思います。そこがね、僕たち、なんかちょっと忘れかけてるんじゃないかなって思うんですよ。

 戦後は食糧難があった、でも裕福になってきた、インスタント食品などの便利な物が出て来て、食べる事を最優先するんじゃなくて、何か違う事を優先的に位置付けてきたが故に、自分の体を労ってこなかったんじゃないかな。それはイコール家族、周りの人、地域の事を労らないことになった。逆に、食べる事から自分への労わりが広がったら、家族を労わる、地域を労る、命を大事にするということなどが含まれていくんじゃないか。今世の中で起こっているいじめとか色んな事全てが、そういう所から繋がってきてるんじゃないかなって最近思ってるんです。だったら、セイコさんもよく言われてるけど、ちょっとだけ元に戻りませんかっていうことを思うんです。

 戻るというのは、不便な生活じゃなくて、便利でもいいから考え方をちょっと昔の人の考え方に倣ってフィードバックしてみませんかっていうことを、何かできひんかなって、ここ数年思ってるんです。

公務員としても、大切なものは変わらない。

阿南:下浦さんは、山添村の農家のご長男でいらっしゃるんですよね。

下浦:そうなんです。先程のような考えは多分、僕が育てられた環境からくるかなと。我が家は、四世代同居でお父ちゃんお母ちゃんは働きに行ってることが多く、小ちゃい頃はおじいちゃんおばあちゃんに育てられました。農作業する場所へ連れられて行って、その後ろ姿を見ながらいつの間にか覚えてる。そしたら自然も好きになり、僕の場合はその中でも物理現象が不思議だなって思い始め、土木の世界に入ったんです。そこが人によっては生き物が好きやという人は、そっちへいかはったかもしれませんよね。

三浦:分かれるとこですよね。

下浦:そういう自分の身の回りにあるものに興味を持ち、人生にも関係していくのって、なんかすっごい素敵だなって思う。だから今も僕はその考え方はずっと捨てずに貫いてる感じがあって、仕事的には公務員的な形にせなあかんのかもしれないけど、その芯の部分では絶対に、自然とか、地域とか、忘れないようにしながら、ずっとやってきてるんですよね。

阿南:そこを見抜いた私って偉いかも(笑)。

下浦:バレちゃいました(笑)。そういうことが、食と農の条例の話にもつながっていきます。

作ったものを売ることより、食べるものを作ること

下浦:新しい条例づくりは何年も前から、知事、部長、課長など含めて色々と議論しながらやってきました。実は元々は、いわゆる農業振興条例的な「とにかく作れ作れ、作ったら売れるから」っていう発想だったのですが、どんなに議論を重ねても「ちょっとちゃうな」というところで停滞していたんです。

 それが今年、切り口変えて、「作ったものを売る」っていう発想ではなく「食べるものを作る」という逆の発想でもう一回物事を考えてみた。するとトントン拍子に話が弾んで条例づくりにつながりました。

 先程の痩せた話にも通じますけど、人間生きて行こうと思ったら一番は食べることですよ、やっぱり。服も家もなければないで何とかいけるけど、食だけは、それなしには生きていけまんからね、これやっぱり一番大事。

 食べようと思ったら何が大事か?やっぱりお百姓さんを大事にせなっていう所まで繋げようよ、ていうのが今回の条例だと思って僕はやらせてもらってます。

 お百姓さんもプライドを持って、いいもの(高価なという意味ではなく、自信を持って食べてもらえるものっていう意味での)、本来は農薬とか入ってなくて体にいいものを作ってもらうのが僕はベースやと思います。もちろん現実的な要素も考えないとですが。農家は、食べてもらうために誇りを持って人々に提供する、消費者っていうんじゃなくて最終的には家族にというビジョンです。それへのお礼として、結果的に商売が発生するイメージ。このように食から始まる考え方は、新しい条例のスペシャルなところです。

三浦:素敵ですよね。まずお百姓さんに作って頂く、それは「凄い高価格の」ではないっていう意味でおっしゃっている所が。

阿南:何がいいものなのかっていう判断基準を消費者も持ちたいとこですね。

下浦:と思いますね。作る人の立場と、食べる人の立場も入れ込んでいる条例です。食べる人にはいいものを食べましょうよ、その代わり、感謝の気持ちも込めて食べましょうっていう事ですよね。誇りと感謝っていうか。

三浦:作る方が誇り、食べる方が感謝って、これって凄いですよね、食べる側の人の考えを条例に落としているなんて、過去に絶対ないかも。

下浦:ないでしょ。

阿南:先駆的ですね。

下浦:農業の大きな課題の一つは、担い手不足。これについては、結構楽しく農業するっていうのがコンセプトとちゃうかなって思うんですよ、少しオシャレな新しいセンスの応用もアリかなって。スマート農業もその中の一つにもあるのかも。

楽しさはキーワード、ファクターは自給率。

三浦:凄くいいキーワードが出ました。農を楽しむ。別に刹那的、快楽的に楽しいだけじゃなくて、もっとほんとの意味で豊かな心持ちを求めていける可能性が、実は食と農の中にいっぱい眠ってるんじゃないかな。

 コミュニティデザイナーの山崎亮さんが今しきりに提唱されてるのは、これからの人口も減って縮小していく時代において、豊かさの自給率を上げていきましょうということ。その彼の言葉が僕の中でかなり残ってて、じゃあいろんな物に自給率を当てはめて考えていけたらと。

 そこで過去の記事(※)でセイコさんとかと話してたのが、(ちょっとパクリっぽいんですけど)楽しさの自給率。例えば昔の農村ではお神楽があったり祭りがあったり、イコール芸術の自給率もある。別の言葉で言うと幸せの自給率。幸せをお金を払ってサービスして得るんじゃなくて、自分たちのつながりの中で、自給していこうねっていうことも大事。他にも生業の自給、健康の自給、さらに種の自給。昔でいう結とか手間借り、手間返しのような助け合いの自給。それらが次の農の世界を変えて行くために実は大きな大きなファクターになっていくんじゃないか。

※ 本誌39号 種生む花 #06 自給率アップ

食を楽しみ、自分を労わることは
地域や命を大切にすること。
それが農に繋がっている。

 七つの風でいうと、自給率は風俗=生活文化になると思うんです。これが昔は農村の仕組みにまで落とし込まれていたと思うんですけど、それがなくなった結果、個人個人がバラバラになっちゃったので寂しさを補うためにまた違う所でサービスでお金を使うみたいな、なんかそういう悪循環に入っていってるように思うんです。

 でも、今敢えてローカルな方向に移住する方々や、生活の中に農的なものを取りこむ方ってのは、実はこれらの自給率を高めていこうとしてるんじゃないかなと。そういう視点で見た時に、この農の条例の中に、(七つの風でいう所の)風俗的な観点てあるのか、ちょっとお伺いしたいな。

下浦:僕のイメージの中には、「農を楽しむ」のと「地域を楽しむ」っていうのがあって。農作、食文化などなどを、地域を訪れて何か体験して頂く、もしくは感じてもらうということ。いわば観光かもしれませんけど実はそれだけじゃなくて、楽しむっていう部分を、(条例の中に)入れてあるんです。

三浦:そういう部分ていうのは、過去に例はあるんですか。

下浦:あまりないんじゃないですかね、農村観光とかいう言葉はあるのかもしれないですけど。

三浦:そのへんが、何か食のこれからのトレンドになっていくんじゃないんかなーと僕はちょっと期待してます。

下浦:改めて、もう一度それがカッコいいライフスタイルになったらいいのかなと思いますね。そうしてお祭りや直会が再現されたり、今風に復活するとか。お祭りって絶対直会ですから。

三浦:もう、そっち(直会)が楽しいからやってるんちゃうかなってね。

競争の時代の終わり

下浦:世の中には「どんどん作って何とか売り込め、負けたらあかん!」と頑張っている感じが、まだありますが、人口が増えてる時代は競争も良かったかもしれないけど、これからは、みんなで助け合おうっていう時代ですよ。農は、その現場になる可能性があります。食はもちろん「職」(仕事場づくり)も創出できるかも。そう考えると、これは、「風は奈良から」ですね。

阿南:それを奈良の誇りにしたらいいと思います。

三浦:誇りと感謝。

下浦:もうそこです。で、それによって農業振興と、自分には農は関係ないと思われてる一般の方の健康で安心できる暮らしを食から取り戻してもらうというところですね。

取材を終えて。
神社では祭りの後には直会がある。取材の後には、飲み会がある?右から三浦雅之さん、下浦隆裕さん、本誌阿南セイコ、お世話になった食堂の店長も飛び入り

さとびごころVOL.41 2020 spring 掲載

さとびごころ連載

三浦雅之

下浦隆裕さん

阿南セイコ

風は奈良から

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