この記事はさとびごころVOL.35 2018 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
大和野菜(※1)という言葉をご存知ですか?平成17年からの奈良県の取り組みにより、これまでに県が認定した大和野菜は25品目。その中に、20品目の大和伝統野菜(太字は編集部)が含まれています。これらは、「一定規模の産地化、市場流通、生産拡大が見こめるもの」という基準を満たしているので、あちらこちらで売られるようになり、手に入りやすくなってきました。
※ 1 大和野菜=奈良県による認定を受けて、ブランド化に向けての生産と流通促進の取り組みが行われている県内野菜。認定基準は、奈良県で戦前から栽培され地域の歴史、文化を受け継いだ独自の栽培方法や収穫出荷を行い、付加価値を高めた大和のこだわり野菜。一定規模の産地化と安定した供給が見込めるもの。
しかし、大和野菜として認定はされていないものの、作り続けられて来たものがまだたくさんあります。奈良で農業を始めたころから、伝統野菜を調査してきました。その中で出会ってきた野菜たちの中には、今では大和野菜として認定されているものもありますが、その一方で、換金性は高くないけれども「その土地の風土にあっていて作りやすいから」「家族の誰々がこの野菜が好きで、喜ぶから」という理由で、自給用に毎年自家採種して作り継がれてきた伝統野菜もあるのです。
一般的に、ほとんどの農家は自家採種しません。いえ、実をいうと、昭和36年に農業基本法が制定されるまでは、どこの農家でも野菜の種は自家採種していました。それには、経験や技術、根気も必要です。そこで効率化を図るために、種を購入するようになる大きな転機となったのがこの法律でした。ちなみに、今はそのほとんどがF1(※2)と呼ばれる種類のものです。F1は確実な生産の見込みがたちやすいなどのメリットがあり、換金用の作物栽培のためには、確かに優れた種です。裏を返せば、自給用に作り継がれてきた野菜とは、農家が自家採種するという生活文化が守られて来た野菜ともいえます。
※ 2 F1 =雑種第一代の種。次世代は品質を保つことはできない。
それらを僕たちは、家族野菜と呼んでいます(※3)。家族野菜には、ひとつひとつ、物語があります。土地固有の食文化や栽培方法がつまっている、かけがえのない地域遺産なのです。けれども、そんな家族野菜を作り続けている人たちの高齢化は著しく、復興に取り組む人がいなければ、作り手が失われるとともに、その野菜が抱えてきた文化も消えていく運命と隣り合わせです。
※ 3 32 号までのさとびごころでの連載「家族野菜のある食卓」でも度々登場しています。
かろうじて今残っている家族野菜たちとともにある生活文化は、自然とともに暮らした先人が残してくれた「未来へのヒント」の宝庫。僕たちはこれからも、そんな家族野菜が内包する価値を伝えていきたいと思います。
さとびごころVOL.34 2018 autumn掲載
文・三浦雅之&陽子
《三浦雅之さんのプロフィール》
1970 年生まれ、奈良市在住、京都府舞鶴市出身。1998 年より奈良県内の在来作物の調査研究、栽培保存に取り組み、大和伝統野菜を中心に年間約 120 種類の野菜とハーブを栽培。 2002年農家レストラン清澄の里「粟」、2009 年粟ならまち店をオープン。2015 年5 月より奈良市との官民協働プロジェクト「cotocoto」を運営。株式会社粟、NPO 法人清澄の村、五ヶ谷営農協議会を連携協働させた六次産業によるソーシャルビジネス「Project 粟」を展開。 株式会社「粟」代表取締役社長 。NPO法人清澄の村理事長 。はじまりの奈良フォーラム プロデューサー 。主な著書に『家族野菜を未来につなぐ』(学芸出版社2013 年)『種から種へつなぐ』( 共著 創森社 2013 年) など。