この記事はさとびごころVOL.51 2022 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
ウクライナ人から見た日本の森林
ウクライナから避難されてきた方が、日本の緑豊かな山に驚いたそうです。ウクライナは世界の穀倉地帯と言われています。その理由は、肥沃な黒土に恵まれているからです。
土が黒いのは何を意味するか?それは気温が低いため有機物が分解されにくく、肥沃で還元的な条件が保たれ、土壌の鉄が黒錆の状態(FeO)になるからです。一方、有機物が分解された瘦せ地では、酸化的条件になり、赤錆の状態(Fe2O3) となります。熱帯地方の土壌が赤いのは、土壌有機物が一年中分解されるためです。
日本はどうでしょう?
沖縄は亜熱帯であるため、土壌は赤く痩せています。北海道は肥沃な黒土が多く、その中間は微妙です。植物もそれぞれ違います。共通点は、成長量が大きく再生可能な森林が発達していること。その理由は、海からの水蒸気を含んだ季節風と、地形が険しく降水量に恵まれていることにあります。
ウクライナの森林が日本ほど豊かでないのは、降水量が少なく、気温が低いため。土壌が肥沃であっても、必ずしも豊かな森林とはならないことを見ると、日本の森林の豊かさを再認識させられます。とりわけ人の生活と結びつきの強い里山の保全について、考えを巡らせてみたいと思います。
「鬼滅の刃」と里山
最近話題となった「鬼滅の刃」の主人公、「竈門炭治郎」。その名が里山との関係性を物語っています。
日本では、製鉄に必要な鉄鉱石とコークスが産されません。その代用品として砂鉄と炭を使ったのです。いわゆるたたら製鉄(※)です。
また、村の鍛治屋でも大量の炭が使われていました。つまり、「薪炭林としての里山」が日本史を支えていたのです。それだけに、人間の都合で影響を受けやすい里山。戦乱が起これば、武器製造で里山の過剰利用が進み、ハゲ山同然となります。太平洋戦争時も鉄鉱石、コークス輸入を止められ、里山が伐られました。
戦後も里山の受難が続きます。
復興の為、建築材が不足しました。結果、里山(薪炭林)、奥山(原始林)が伐採され、拡大造林でスギ・ヒノキが植えられました。その後のエネルギー革命、輸入材の増加(輸入関税の撤廃)、林業の衰退などで適切な管理がなされなくなりました。
今の里山は、有史以降、最も充実しているように見えます。しかし、放置林の増加、森のメタボ(富栄養化)が進み、ナラ枯れなどが問題になっており(図1)、水源涵養、防災・二酸化炭素吸収などの公益的機能(図2)も低下しています。
日本の森林面積は広いように思えますが、人口一人当たりではわずか0.2ha で、急峻な国土を守り、木材資源などを供給してきたのです。上記の表には、木材価値などは含まれておらず、これを含めると価値は上がります。
里山保全の出口戦略
これまで述べた通り、日本の里山は、有史以来最大の蓄材を抱え、バイオマスの出口(利活用)を求めて苦しんでいるのです。
しかし、現状の保全事業は、補助金漬け、出口戦略が見えていない場合が多いと思います。そんな中で、出口戦略のポイントとして、次の三点があると思います。
①適正なバイオマス利用と管理(図3)
図3のグラフは、右に行くほど放置された場合の原生林を示します。成長量(二酸化炭素吸収)が最大になるのは適切に伐採・利用される「里山の状態」です。伐採した材は、放置するのではなく、図のように様々な形でカスケード(繰り返し)利用し、最後にエネルギー利用することが望ましい。
②景観保全と集客
適切に管理された森林は、それぞれ個性あふれる景観です。景観としての価値をさらに活かせば観光などの集客となり、経済効果だけでなく、地元住民活動のモチベーションともなるでしょう。
③国土保全と防災
防災の価値は漠然として実感が伴いませんが、地形が険しく、災害大国の日本では、少なくても国家予算に匹敵する価値があります。これを正当に評価すれば、二次的な出口(利活用・付加価値)と考えることができます。
森林環境譲与税の利活用
2006年から始まった「奈良県の森林環境税」は、使途、受益者が限定され、有効に機能しているとは言えません。一方、国の「森林環境譲与税」は、出口戦略が見えていると思います。森林面積、人口などによって地方自治体に譲与され、森林整備・環境教育・木材利用・観光資源化など幅広い使途が認められ、積み立ても可能となっています(使途についてはHP などで公開が義務付けられている)。うまく利用すれば、先に述べた出口戦略にも寄与します。
しかし、交付先の市町村、地域住民の理解が進んでいないため活用されず、相当額が積み立てられている場合が多いようです。
コラムに取り上げた天理市の福住プロジェクトの発電型炭化装置の稼働は、森林の多面的利益を引き出す効果が期待され、森林環境譲与税と親和性が高いと思います。出口戦略が見えており、今後が期待されます。
文 川波 太(森林インストラクター・NPO 法人環境市民ネットワーク天理)
さとびごころVOL.51 2022 autumn掲載