この記事はさとびごころVOL.33 2018 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
奈良の森づくりに方向性を見いだせるか
森林総合監理士というのは、「長期的• 広域的な視点に立って地域の森林づくりの全体像を提示すること」を目的とする国家資格で、日本型フォレスターとも呼ばれています。しかし、資格を持っていても、このような壮大な目標に向けた具体的な活動が一個人でできるはずがありません。悶々としていた有資格者が、2016 年8 月に有志で力を合わせて情報交換や資質の向上を図っていこうと、「奈良県森林総合監理士会」なるものを設立しました。この会に最初に興味を持ってくださったのが、奈良県有数の森林所有者である谷林業の谷茂則さん( さとびごころでも、「森とともに生きる」の連載をされています)です。
谷さんたち森林所有者と、森林管理の目標を模索する者が、共に森に関することを学びながら意見交換を重ねれば、「次世代に引き継いでいける『奈良の森づくり』への一定の方向性が見いだせ、かつ共有できるようになるのではないだろうか」という発想から、お互いに交流を深めようという話になりました。そして2016 年12月、愛媛大学名誉教授の泉英二先生をお迎えし「next 奈良の森」という学習会を企画しました。
立案当初の考えを少し広げ、内輪だけでなく参加をオープンにし、奈良の森に関心のある方がおられたら、参加していただける学習会として開催しました。
「明日の奈良の森を考える学習会」始まる
蓋を開けると、林業や林政に関わる人だけでない多くの方々の参加があり、また、学習会の後の交流会では、「ぜひ継続的にやってほしい!」との声もあがりました。このとき、我々のように森林• 林業• 林政に関わって来た者以外にも、多くの方々が将来の『奈良の森』に強い関心をお持ちいただいていることが大変よくわかりました。
この学習会の反響から、学習会のタイトルを「明日の奈良の森を考える学習会」と定め、継続した開催に挑むこととなりました。その結果、不定期ではあるものの、これまでに五回開催することができました。 その第一回は、我々林業技術者の大先輩であり、森林生態系学者として世界的な評価を受けておられる藤森隆郎先生をお迎えしました。第二回目以降も参加者の心に響く講演による学習会を開催させていただき、毎回好評を得ています。また、講演後の交流会では、新しい人間関係が次々に構築されてきています。
森林や林業に関心を寄せる多くの人々
そんな中で、私自身にも気付きがありました。
森林は日本の国土の約7割を占めていますが、経済重視の社会の中で、森林は役に立たない忘れられた存在なのだろうと思っていました。そして、自分はそんなマイナーな世界で活動しているだけなのだと思っていました。私は35年以上に渡り森林• 林業• 林政に関わってきましたが、この世界は行政と森林組合と一部の森林所有者だけで完結しているし、他の人は全く興味のない世界だと思っていました。即ち、森林や林業は社会のごく一部の関係者の興味の対象でしかないかと考えていたのです。
ところが、この学習会では日頃、森林• 林業• 林政に関わりのない、あるいは関わっているが個人的で地道な活動をされている方々も多く参加してくださっており、自分の知らなかった世界に大いに驚かされたのです。逆に、強く興味を示していただけるであろうと思っていた行政、林業関係者、森林組合などの学習会への勧誘は今後の課題となっています。
垣根を越え「森思い」と「森づくり」をつなぐ
森林• 林業• 林政は長い歴史の中で、社会情勢や経済活動の影響を少なからず受けつつその活動が進められてきました。しかし、それらの活動が全て妥当なものであったかどうかは賛否のあるところだと思います。
森林や林業に関する施策や活動の変化は、森林の成長という大変長い時間のスパンの中で、結果が確認できるまでに長大な時間を要します。そして国土の多くの部分を占めるため、その結果が出始めると生活環境や産業構造に大きな影響が現れることも大きな特徴だと思います。また、奈良県においては吉野林業地をはじめ人工林が占める面積が大きく、林業の衰退が、地域産業や労働• 雇用の場を失うという地域課題と直結している側面も見逃せません。
このような特徴をもつ森林のこれからについて、こんなに多くの方々が、自らの時間とお金を使って学習してくださる熱意に、我々はなんとかお応えしたいと思いますし、奈良の森林のこれからは、行政や一部の組織や我々有資格者だけが担うのでなく、もっと多くの方々に本当の意味で、「明日の奈良の森」を考えていただきたいという思いが益々大きくなってきています。
この学習会はいつしか、「あすならもり」と愛称されるようになりました。ここでの気付きや出会いから、少しずつ具体的な出来事も生まれ始めています。現地を訪ねてみようとする人、森林塾に参加する人、新しい山守を志す人、あるいはまた、この「さとびごころ」で、こうした連載が始まったこともそのひとつかもしれません。
次号より、こちらの紙面では今後の学習会のレポートをお伝えしたいと思っています。今後も、皆さんに応援していただける限り継続して学習会を企画していきたいと思いますので、よろしくお願い致します。
さとびごころVOL.33 2018 spring掲載