この記事はさとびごころVOL.33 2018 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
空き家の改修をワークショップで行うケースも増えています。プロに依頼するところ、自分たちで手をかけるところが混ざり合い、関わった人たちに共通体験を生み出します。森ある暮らしラボでは、その体験も森のある暮らしを日常化する実験プロジェクトの一部として、語りぐさとなり、アイデアの素になっていくのかもしれません。
村独自の条例などで歴史的景観を積極的に守っている明日香村の古民家を拠点に昨年夏、森と現代人の日常的なかかわりを広げる取り組みが始まった。森に思いがある人なら誰でも参加できるワークショップ形式の再生作業で築100年以上の家に新たな命を吹き込み、集う人がそれぞれのやり方で森とのつながりを探るプロジェクト。「森ある暮らしラボ(通称 森ラボ)」という名称は拠点となる古民家の名前であり、取り組み全体の名称でもある。
森ある暮らしの実験室
「森のある暮らしを非日常じゃなく、日常にしたい。そのための『実験室(Lab)』という意味で名付けました」というのは平成24(2012)年から明日香村で暮らす林業家の久住一友さん(37)。28年に、森林の委託管理や林業技術教育などを行う久住林業を立ち上げ、独立した。そのかたわら、地元の建具屋さん一家が約40年前まで住んでいた民家を借り、この活動を始めた中心人物だ。
森と暮らしがすっかり離れてしまった今の日本にも、「暮らしにもっと森の要素を取り入れたい」と願う人たちがいる。「森ラボはそういう人たちが森とつながる場。木工であっても良いし、食でも、読書でも良い。ひとつひとつの動きは小さくても、確実に持続可能な森づくりにつながるはず」。スイスやオーストリアの森事情を現地で学んだ経験をふまえ、静かに語る久住さん。穏やかな笑顔の奥から森への熱い思いがあふれている。
元の面影を活かして
森ラボの拠点は、明日香村地域振興公社や古民家カフェなどが並ぶ一画に建つ木造2階建て。和釘の使用や瓦の種類から築100年以上と推測される。今は亡き建具屋さんはここに住まなくなってからも、こまめに風を通し、補修もして大事に管理していた。
それでも、人が住まない家は少しずつ荒れていく。久住さんが「出来るだけ今の面影を活かして改修をしたい」と近所に住む大工の森田洋一朗さん(41)に相談し、森ラボの再生が動き出した。
昨年8月に始まった再生ワークショップは、残せないもの、残さないものを撤去する部分解体から始まった。建具を外し、座敷の畳を上げ、粗板を取り除くと…。下には水が溜まっていた。水が流れ込む経路を絶って乾燥させてから、部分解体で出たレンガや割れた瓦などの廃材をひたすら金槌で砕いて敷き詰め、コンクリートを流し込む「土間打ち」の下地を仕上げていく。
上下水道敷設や電気配線工事も親身になって相談を受けてくれる地元商工会の仲間と打ち合わせを繰り返し、最大の費用対効果を上げるよう工夫した。
無理に揃えず歪みも受け入れた
土壁塗りのワークショップなどを経て本格的改装の下準備が整ってきた9月初め、森田さんによる基礎の確認が行われた。比較的しっかりして見える家だったが、レベルを測ると…やはり歪んでいた。柱の高さがすべて違っていたため、森田さんはまず、柱をジャッキアップして土台との間に石や板などを挟み込み、高さをそろえようと試みた。だが、土壁と瓦屋根の重みを1世紀にわたって支えてきた柱は一筋縄では動かない。4トンジャッキを跳ね飛ばす柱の力を目の当たりにした久住さんは驚いたが、古民家や社寺の再生に携わる森田さんの結論は「無理に高さを揃えようとせず、歪みを受け入れること」と意外なものだった。例えば建具の1枚1枚を『その場所だけに合うサイズ』に調整し、ぴたりと収める再生を進めていった。
進化を続ける森ラボ
昨年夏以降、1カ月に数日から10日程度、不定期に設定される再生ワークショップは参加自由。スタート時は森田さんの指導を受けながら久住さんと、森ラボで制作予定の木彫作家、熊田悠夢さん(25)やそれぞれの友人、知人が加わる形だったが、やがてSNSの発信を見て新たに加わった人など、毎回7、8人が活動。再生プランも現状に応じて調整しつつ進行している。
当初の計画は「木工を中心に、ものづくりに取り組めるシェア工房とギャラリーや物販、ミーティングなどに使えるフリースペースの整備」だったが、その後、ワークショップのたび「おいしいお昼ごはん」を提供する人との出会いがきっかけとなり、「1Dayシェフが使えるシェアキッチン」が追加された。
昨年10月には、シェア工房の内覧会(プレオープン)を実施。改装途上の森ラボに地元の人など約70人が集まり、お茶を飲みつつ語り合った。当日用意した「ここでやりたいこと」を自由に書き込む模造紙には「森探検をしてスケッチするワークショップ」「地元の人も移住者も旅行者も皆が気軽に交流できるスペースに」など、多くの声が集まった。
森林の多様な役割に目をむけながら
久住さんは昆虫少年だった小学生の時、当時住んでいた大阪市内の街路樹が「大きくなり過ぎた」との理由で伐られるのを見て衝撃を受けた。その時感じた憤りが、将来を見通して木を育てること、さらには持続可能な森づくりへの熱い思いとなり、林業家の進路につながったという。
「森に魅かれる人たちは、森には建築用材の供給だけではない、多様な役割があることを感じているはず。森ラボは、そんな人たちが、つどい、つながり、つくりだす場」と久住さん。「完成を求めない実験」は始まったばかりだ。
大家さんである建具屋さんの奥さんが、久住さんに家を貸すことに決めた理由のひとつは「(今は亡き)主人と同じ木を扱う人が使ってくれることが嬉しい」からだったという。築100年以上の古民家は新たな試みの拠点として、これからも生き続けることになる。
(コーディネート• 阿南セイコ)
さとびごころVOL.33 2018 spring掲載
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編集部追記
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