この記事はさとびごころVOL.31 2017 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
片上醤油、片上裕之です。今回は第5話。樽(たる)と桶(おけ)の話です。樽も桶も普段目にすることが少なくなり、馴染みの薄いものになってきています。天面に蓋がしているものが樽、天面が開放状態のものが桶です。
樽は輸送容器または中身を使用するための保存容器で、栓をすると転がしても漏れず、積み重ねて保管できるという特徴があり、5升(9ℓ)から4斗(72ℓ)くらいの容量です。樽そのものは非常に軽量で、それまでの焼き物や甕(かめ)といった容器は重く、割れやすく、積み重ねなど言語道断といった状態ですから、樽の登場は大量の酒や醤油などを運ぶのに画期的な役割を果たしました。
それ以前は運搬の困難さから酒屋、醤油屋は各地津々浦々に小規模な業者が近隣の需要を賄っていましたが、樽の登場で廻船による大量遠距離輸送が可能になり、藩の奨励を受けた有力な産地が大阪、堺、紀州湯浅、金沢大野、播州龍野などに形成されていきました。大げさに言うと樽の登場で物流革命がおこり、当時の業界再編となりました。大量輸送が可能になり、大産地が形成されると大量生産が求められます。
酒や醤油の仕込みに使われる15石から50石という大桶が作られるようになったのは江戸時代中期です。深さ約2 メートルの大桶は発酵容器として非常に優れた特性を持っています。表面積と容積の比率が発酵にとても具合が良いのです。木桶についてはここでは書ききれないのでまた詳しく書きたいと思いますが、良好な発酵をしてくれる木の大桶の登場で日本の醸造業は技術の洗練を極めていきます。樽や桶が日常から遠くなってしまった昨今、その使い分けは曖昧になりがちですが、醸造業者自らがあいまいな使い方をしては恥ずかしいと思います。桶よりも樽の方が字面やイメージが良いのでしょうか。樽仕込みとかなんとか…そんな商品名を見受けます。天板(鑑(かがみ)といいます)に開いた5cmほどの穴から諸味の仕込みをするのでしょうか? 樽に仕込みは有り得ないです。ここはやはり堂々と木桶仕込と謳っていただきたいものです。
さとびごころVOL.31 2017 autumn掲載