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ルチャ・リブロ的土着人類学研究室 第1回 青木真兵

この記事はさとびごころVOL.32 2018 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

 

 日々楽しく生きております。人文系私設図書館LuchaLibro(以下ルチャ・リブロ)のキュレーター、青木真兵と申します。今回から連載を持つことになりました、どうぞよろしくお願いします。一度「人をつなげる『本のある場所』」特集で取り上げていただいたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私は妻と猫と犬とで、東吉野村という山村に私設の図書館を開いています。今回は「なぜ山の中で図書館なのか」という話をしようと思います。

 2016 年4 月、私たちは兵庫県西宮市から東吉野村へ引っ越しました。巷では首都圏から地方都市や村への移動を「移住」と呼び、現在では『TURNS』や『ソトコト』といった雑誌で取り上げられるほど、「若者の地方移住」がブームのようになっているそうです。

 確かに私たちが引っ越した東吉野村にも何組かの同年代の移住組がおり、仲良くさせていただいております。デザイナーやフォトグラファー、陶芸家やアーティストの方々など、「仕事がない場所でも仕事ができる人たち」が集まっています。

 とはいえ私はそうではありません。普段は「社会福祉法人ぷろぼの」で障害者の就労支援を行いながら、月に一度か二度、カルチャーセンターや大学で「西洋史」を講義し、なんとか生活しております。そして休日は自宅を開放し、私設図書館を名乗っているというわけです。なぜここまでして、「山村で図書館」なのでしょうか。それは私たちにとって図書館の開館が「地に足をつける」ことにつながる、と思ったからです。

地に足をつけるために
地に足をつけるために
地に足をつけるために
地に足をつけるために

 「地に足をつける」ことの必要性を感じたのは、2011 年3 月11日に起きた東日本大震災がきっかけでした。その日私は東大阪のビルの四階で仕事をしていて、ちょうどトイレから出たところでした。ビル全体が揺れたので「めまいかな」と思いましたが、すぐにツイッターを確認し日本各地が揺れていることを知りました。職場のテレビでは見たこともない高さの津波警報のテロップが流れていたことを覚えています。すぐに巨大な津波の圧倒的な力が映し出されたテレビに釘付けになってしまいました。

 津波によってさまざまな社会的インフラが破壊されただけでなく、原発事故や放射能の飛散をはじめ、テレビが流す情報に信頼が置けなくなりました。何が正しくて、何が正しくないのか。それぞれに事情があり、それぞれの正義がある。頭では分かるような気がするけれど、胸には常にもやもやした感覚がつきまとうようになりました。生きることの底が抜けたような感覚、ふわふわと地に足がつかない状態。人、もの、こと、あらゆるレベルで「信頼関係を一から構築しなくてはいけない時代」になってきたことを強く感じました。

 溢れる不確定な情報がもたらす、この「もやもや」や「ふわふわ」から一歩の距離をとり、生きることの輪郭を得ること。多様な価値観が叫ばれ、さまざまな情報が行き交う世の中で、どうやって「自分にとって最もしっくりくる生活」を手に入れるのか。それは大きな企業に入るために良い大学に入り、生涯年収を気にするライフプランにいかにうまく適合するか、ということばかりではありません。確かにお金はむちゃくちゃ重要で、それさえあれば「買えないものはない」と勘違いする人間が出てくるほどです。

 ただ、それだけではないはず。お金による消費は平等を実現し、自由な生活や社会をもたらすための「ツール」であって、目的ではありません。何のためにお金を使うのか、お金で買えるものと買えないものとは何なのか。あたかも私たちは、万能薬に頼り過ぎて我が目で症状を診ることや、患者さんの体調を心配することを忘れてしまった医者のようです。いや正確には、そのようなお医者さんから処方されたお薬を飲み続けている患者こそ、私たちでしょう。

 お金という万能薬から一歩身を引き、「具合が悪くなったら薬を飲む」という生活習慣を一度疑ってみること。そのためには自分の「病」に気づき、受け容れ、カルテを書く。治すのではなく、付き合う術を自ら学ぶ。それは非常に困難で、一つ一つコツコツとやっていくしかありません。私たちにとって街から村への移住とは、まず「具合が悪くなったら薬を飲む」という生活習慣自体を見直すきっかけといえます。

 「世の中で言われているフツウがどうも分からない」という感覚を、私は「病」と呼んでいます。しかし、この「病」こそ、人、もの、ことを選ぶ時の自分にとっての参照軸となり、「自分にとって最もしっくりくる生活」へのヒントになっていきます。そして「病」との付き合い方を学ぶ長い過程において、本はとても重要な案内役を務めてくれます。なぜなら古来から多くの人は、「病」と折り合いをつけるために本を書いてきたからです。つまり本自体が、「病との折り合いの付け方」を体現しているのです。

 大きな声で叫ばれる、他人や世間の価値観に振り回されず、「地に足をつける」ため、自分の「病」を受け容れる。死者からは本を通じて、生者からは直接会って、「病との折り合いの付け方」をみんなで学んでいきましょう。なにより私が学びたい。ご来館をお待ちしています。

人文系私設図書館Lucha Libro
人文系私設図書館Lucha Libro は東吉野村で活動している小さな私設図書館です。
川のせせらぎを聴きながら、ゆっくり本を読んでみませんか?
開館日:Blog、Facebook にておしらせ
開館時間:10:00-17:00
HP: http://lucha-libro.net/
所在地:奈良県吉野郡東吉野村鷲家1798(天誅組終焉の地石碑スグ)

さとびごころVOL.32 2018 winter掲載

文・青木真兵 人文系私設図書館Lucha Libro キュレーター

さとびごころ連載

ルチャ・リブロ的土着人類学研究室

人文系私設図書館Lucha Libro

青木真兵

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