この記事はさとびごころVOL.44 2021 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
稲作の発祥地には諸説あるが、お米を原料とした日本清酒造りは奈良県の正暦寺で始まったとのことだ。現代の日本酒の礎となる醸造技術はここで生まれた。
奈良県御所市には3つの酒造会社があり、そのうち市の中心部の酒蔵から酒米栽培を依頼されたのは、平成21年のこと。そこではすでに奈良県産の酒米で醸造を行なっていたのだが、御所産のコメはまだ取り扱いがなかったのだ。酒蔵の社長からぜひ地元でも作ってほしいと強く要望され、私も蔵の熱い気持ちに触れて地元企業との連携に興味を持ち、翌年酒米生産を始めることになった。
実はこの時、他の農家にも声をかけたのだが、結局3つの農家だけでスタート。新しいことを始める時、単年度の利益だけを判断基準にするのは、とくに農業分野ではどうなん?と思ってしまう。農は一日にして成らずだ。
栽培当初、酒米の生産は慣行栽培で行なっていた。益々増える耕作放棄地の管理のためには有機農家としても仕方ない判断だったが、ある年清流の流れる棚田一帯を請け負うことになり、有機への転換を決意する。有機稲作で一番問題になるのは、そう、除草作業だ。現代稲作では除草剤さえ使えば全く問題にならない。昔は「田の草取り3回」といい、水田における夏場の草取りは今も昔も農家にとって過酷な労働だ。さてどうする?
農業を一人でやろうと思うべからず。赤目の森で、台湾の学生と働いた経験が生きる。お酒の好きなボランティアの人達と一緒にお米をつくり、収穫したお米で唯一無二のお酒を仕込んでもらえないか。酒蔵の社長に恐る恐る相談するとあっさりOK(驚)、特約店を通じて参加者を呼びかけてくれた。20a9 枚の棚田で手植え、草取り、手刈り、醸されたお酒は自分で買うというオチ付きのイベントだ。平成29年6 月、30余名が棚田に集まった。
さとびごころVOL.44 2021 winter掲載
文・杉浦 英二(杉浦農園 Gamba farm 代表)
大阪府高槻市出身。近畿大学農学部卒。土木建設コンサルタントの緑化事業に勤務。
2003 年脱サラし御所で畑一枚から就農。米、人参、里芋、ねぎの複合経営。一人で農園を切り盛りする中、限界を感じて離農も検討していた時、ボランティアを募ることで新しい可能性に目覚め、「もう一度」という決意を固め、里山再生に邁進中。 2017 年、無農薬米から酒米をつくる「秋津穂の里プロジェクト」を始動。風の森 秋津穂 特別栽培米純米酒の栽培米を生産している。
連絡先 sugi-noen.desu219@docomo.ne.jp
【参照】 さとびごころ vol.35(2018autumn) 特集 農がつなぐ人と土