この記事はさとびごころVOL.35 2018 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
東吉野村で人文系私設図書館ルチャ・リブロという私設図書館を開館し、二年と半年が経ちました。蔵書には歴史や文学、思想、サブカルチャー、山村で暮らすための本など、計2000 冊以上があります。現在の会員数は100 名程度。昨年はのべ400 名がご来館くださり、貸出は200 冊ほどありました。お金持ちではない僕たちが、なぜわざわざ自宅を開放し、図書館などという「お金の儲からない活動」をしているのか。
ホームページにも書いているとおり、ルチャ・リブロは「『役に立つ・立たない』といった議論では揺れ動かない一点を常に意識」しています。ここで僕たちが言いたいのは、「役に立つ・立たない」といった基準が絶対的に間違っているということではなく、現代社会のあらゆるものに伏流する「お金が儲かる・儲からない」という考えに対し、そんなちっちゃなことばかり言ってんじゃねぇということです。
繰り返しますが、残念ながら僕らは金持ちではありません(貯金すらない!)。でも思ったこと、感じたことを言い合える友人が各所にいて、停電になったらロウソクを立てて「一足早いクリスマス」のような雰囲気で楽しく夜を過ごせるご近所さんも出来ました。お金がなくても楽しく暮らせる。この感覚を醸成し共有するためには、「お金が儲かる・儲からない」ではない価値基準が必要になってくる。
お金を儲けることが目的でないなら、僕たちは何のために図書館を運営しているのか。それは生きるためです。生きるためにお金にならないことをしている。新約聖書に「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉があります。人は物質的な満足だけを目的として生きるものではなく、精神的なよりどころが必要であるという意味にとられることが一般的ですが、現代社会では「人はパンでは生きていない」と思っています。どういうことか?
商品経済がベースの現代社会において、物質的な満足を得るためにはお金を稼ぐしかありません。だからこの場合のパンとはむしゃむしゃ食べれるフカフカのパン自体ではなく、「パンを買うためのお金」を意味している。僕が言う「人はパンでは生きてない」は、「人はパンを買うためのお金のみでは生きてない」ということなのです。
このように「みんながパンと称しているものはそもそも何なのか」という問いを立てることによって、物質が「商品」としてしか扱われない現代社会を相対化することができる。このような問い直しの場、それがルチャ・リブロです。なぜ問い直さねばならないのか。それは息がつまるから。息苦しいから。空気が淀んできたら混ぜかえす、風通しを良くする。僕にとってお金より大事なもの、それは空気です。マルクスはこう言います。
「(前略)[たんなる政治的な解放ではなく、真の]人間的な解放が初めて実現するのは、現実の個人一人一人が、抽象的な公民を自己のうちにとり戻すときであり、個人としての人間が、その経験的な生活、個人的な労働、個人的な人間関係のうちで、類的な存在となるとき(後略)」(マルクス著、中山元訳『ユダヤ人問題に寄せて/ヘーゲル法哲学批判序説』光文社古典新訳文庫、69頁)
マルクスは真の人間的な解放が初めて実現するのは、抽象的な公民を自己のうちに取り戻し、「類的な存在」となる時だと言います。僕らが求めている「風通しが良い状態」は、もしかしたらマルクスの言う「類的な存在」が社会に一人でも多くなる状態ではないか。そんな風に思っています。そして「どこかに類的な存在いないかな」とキョロキョロ探し回るよりも、とりあえず自分たちがそのような存在を目指した方が話が早い。自宅を図書館として開くという活動は、自己の中に「抽象的な公民」を取り入れるアクションと同じ構造を持っているのです。
しかし元来、人間は利己的な存在です。それ自体に良い悪いもありません。でも全てをお金の価値で測ることが大人の振るまいであり、そのような利己的な人間こそが社会人だという広告業界の言い分には反対です。もちろんそういう人間がいてもいいわけですが、そんな大人ばかりになると「全てが金の論理で回っている」とみんながだんだん勘違いしてくる。
儲かればいい、売れればいい。儲けるためには差別を煽り、人の尊厳を傷つける雑誌も作る。このような言論が公の場に存在するということは、公が本来的な意味ではなく、単に「利己的な人間が多数いる場」になってしまったことを意味しています。誰もが安心して暮らすためには、自己の中に「抽象的な公民」を持つ人間、つまり「大人」が多数を占める必要がある。そして「抽象的」であるからこそ、具体的なアクションは人それぞれに任せられている。その一ケースとして、人文系私設図書館ルチャ・リブロは山村に開館し続けていきます。
今回で『さとびごころ』の連載も最終回。読者の方々、お声がけ下さったアナンセイコさん、一年間どうもありがとうございました。今後とも楽しくハッピーな暮らしを求めて、様々な活動をしていきます。どこかでお会いできることを心より楽しみにしています。
『ルッチャ』
ローカルから普遍性を目指した、人文系私設図書館Lucha Libro の機関誌『ルッチャ』。第ニ號は、戦史• 紛争史研究家の山崎雅弘さんに「アジア• 太平洋戦争敗戦への理解から現在を考える」仕方を伺い、『小さな会社でぼくは育つ』の著者神吉直人さん、雑誌『つち式』主宰の東千茅さんと「働き方」について語ったものなどを収録。昔を昔と切捨てず、未来を未来と諦めず、ハッピーに暮らすためのヒントが満載!お問い合わせはsinpeiii@gmail.com またはフェイスブックページから。
本体価格750 円(税抜き)
A 5 48 ページ
人文系私設図書館Lucha Libro
人文系私設図書館Lucha Libro は東吉野村で活動している小さな私設図書館です。
川のせせらぎを聴きながら、ゆっくり本を読んでみませんか?
開館日:Blog、Facebook にておしらせ
開館時間:10:00-17:00
HP: http://lucha-libro.net/
所在地:奈良県吉野郡東吉野村鷲家1798(天誅組終焉の地石碑スグ)
さとびごころVOL.35 2018 autumn掲載
文・青木真兵 人文系私設図書館Lucha Libro キュレーター