この記事はさとびごころVOL.45 2021 springよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
ウィズコロナで、日頃あたり前に思っていた「命」と「食」の大切さを感じて家庭菜園を始めた人も多いといいます。この機会に、主食であるお米が育つ田んぼについて、ただ食べものを栽培するだけでなく、環境や文化と深く結びついたそのなりたちを知ってみませんか。きっと、守りたくなるでしょう。昨年秋号(vol.43)で「田んぼダム」を語っていただいた農家のこせがれさんに連載いただき、「見えていたけれど知らなかった田んぼ」を学びます。
スーパーフードお米を育て風景と文化を育てる田んぼ
「田」という字は、「穀物を栽培するために区画された農地」や「物を生み出す元」を表します。その形は額縁のようで、四角に区切った耕作地を表しています。
田んぼの風景は、四季折々に私たちの目を楽しませ、やすらぎを感じさせてくれます。荒れる川を治めて、原野を開き、土を耕し、水を導く…私たちのご先祖様たちは、苦労を重ねながら、3千年近くも米作りを続けてきました。お米は、短期で育ち、連作もでき、保存もでき、栄養価も高い、いわゆる「スーパー フード」。こんな便利な食べ物、稲(米)を発見した私たちは、自ら栽培して収穫することを学び、実践しながら、いろいろな創意工夫により、豊かで安らかな暮らしを目指し実現してきました。
その人々を支えたのは、自然への敬意や神々、田んぼをとりまく生きものたちと触れ合う喜び、そして何といっても豊かな実りのときでした。お米は、お金のかわりでさえありました。
その想いや気持ちは、地域の年中行事となり、日本各地で今でも私たちに伝わっています。例えば、春、「桜のお花見」は、実は農作業に関係あるしきたりのひとつです。「さくら」の「さ」は里にやってくる稲(田)の神様、「くら」は依りつく座(くら)を意味し、神が宿る桜の木の下で神とともに宴を催して、豊作を祈ったのが「お花見」の始まりといわれています。風習や習慣として、自然と私たちの暮らしの中に溶け込んでいる「農」ある暮らしです。
先祖たちが発明した優れた人工栽培装置
水に田と書いて「水田」、水に稲と書いて「水稲」。このように、田んぼで育てる稲作には、水は不可欠です。水が溜まっていたり、乾いていたり、何気ない風景として見えている田んぼの構造は、どうなっているのでしょう。その田んぼの周りではどのように水が関わっているのでしょうか?
まず、田んぼは、水を溜める器になっています。そのため田んぼは、①農地が水平である、②畦畔(畔)と呼ばれる堤防で囲まれている、という特徴があります。
この水を溜めるという大発明により、お米を安定的に栽培できるようになりました。田んぼは、人々が原野を切り開き造り上げてきたもの。平野だけでなく中山間地域の傾斜地形を切り開いた田んぼは階段状に段々になっており、棚田と呼ばれています。
田んぼは、不利な地形の中でも水平な農地を確保して水を溜める、優れた人工栽培装置ともいえます。なぜ溜まる? 3層構造で浸透水をコントロール
水平な農地は、大きく3層の構造になっています。
一番上は、「作土層(さくどそう)」と呼ばれています。養分や有機物を含んだ土の部分で、稲が生育するメインステージです。大体30㎝程あります。
その下は、「鋤床層(すきどこそう)」。人や機械を支える働きをします。床とも呼ばれ、田んぼを作るときには、まずこの層を固くして、水を下に漏れるのを防ぐのです。しかし、まったく漏らないのも困るため、微妙な固さです。
さらにその下は、「地下水帯(ちかすいたい)」と呼ばれ、土の浸透水などの地下水(湧水)が流れる層になっています。
水を溜めるためには、畦畔(畔=あぜ)という壁(堤防)が必要です。畔はモグラなどが穴を開けて水漏れがしないように、防水加工が必要となります。昔は、手作業で畔塗りをしていましたが、今はトラクターの畔塗機や、波板、プラスティックの板などで防水します。場所によっては、コンクリートで畔を固めるコンクリート畦畔もあります。近年では、環境配慮や森林材料の活用の観点から、プラスティックの波板などに代わって、間伐材などの板の活用の実験も始められています。
また、畔は苗や肥料、収穫した稲を運ぶ通路でもあります。
冷たい水を守る万能水路「横手水路」は生き物天国
中山間地域の棚田などでよく見るのですが、田んぼの山手側に水路があります。田んぼの面積が減るし、わざわざ、田んぼの中にまた水路なんて、無駄では? と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、水が冷たい中山間地域では、すぐに田んぼに水を入れると冷たくて、稲の育ちが遅く(悪く)なるので、この水路を流れる間に、水を温めて田んぼに入れる工夫のための水路です♪ この水路を「横手水路」と呼んでいます。また、稲刈りの時は、山際から湧き出る湧水を水路で受け止めて、田んぼに入らないようにして、田んぼを乾かす役目があります♪
その他に、この横手水路は年中水が溜まっており、ドジョウやヤゴ、カエルなどの生き物たちの住み家にもなっています♪
ウィズコロナでステイホームも増えている今、ご興味のある方は、お子様などと過ごして頂き、各々の地域の周りの田んぼや水路などの色々な工夫を探して見ていただければ幸いです。なぜ!?どうして!?と自然や科学に興味を持ってくれる子どもたちが少しでも増えてくれれば嬉しく思います♪
横手水路
水が溜まることでいいことたくさん
水を溜めるという大発明は、お米づくりのために有効な、様々な働きをもたらします。なぜ同じ場所に毎年作っても連作障害がでないのかも、水の働きです。水が溜まることでいいことを上記にまとめてみました。田んぼの謎を納得してもらえるかもしれません。
田んぼは「水をきれいにする」
田んぼに入った水は、ゆっくり田んぼの中を対流します。水と一緒に細かな土や草、葉っぱ、枝などの有機物も運ばれてきます。これらは、田んぼの中を流れているうちに沈澱します。そして腐葉土となって稲作の肥料になります。この時、水に混ざったゴミは取り除かれます。
それだけではありません。田んぼの土に浸透していくときに濾過(ろか)されます。土は細かな粒子からなっており、その隙間を水が流れます。そこを水が流れる間にも、小さなゴミや細菌が除去されます。その他に、水に溶けている塩類やイオンも土に吸着されます。これは、土の粒子はマイナス電荷をもっていて、これに重金属イオンなどが吸着して除去されるのです。
さらに、水に溶けている窒素=アンモニアや硝酸は、田んぼの土に浸透していくときに微生物によって窒素ガスに分解されて、空気中に放出されます。これを田んぼの脱窒(だっち)作用といいます。最近の農業は、化学肥料を使いますが、稲に吸収されず残留した窒素化合物がそのまま地下に浸透・汚染するのをこの作用で防ぐ役割を果たしています。
このように畦で囲まれた田んぼは、①沈殿、②浸透の濾過、③粒子の吸着、④土中の微生物の分解 などの様々な工程が行われる場所でもあり、この工程によって浄化され、きれいな水として下流に流れます。
田んぼに入る水、出る水の水質をこのような目で観察してみてはいかがでしょうか。
田んぼは「天然クーラー」
田んぼやその周りの里山は、涼しく、心地よく感じませんか? 空気がきれい、景色がきれいなど、気持ちの影響もありますが、実際はどうでしょう?
水は蒸発するとき、熱を発します。これを気化熱と呼んでいます。クーラーが涼しいのも、夏の地面に水を撒くと涼しくなるのも、この原理です。
田んぼの水は、水面から蒸発、稲から蒸散、土へ浸透しています。ですので、田んぼも水の蒸発や蒸散により周囲を冷やしています。また、木陰が涼しいのも日陰であるのと同時に、葉からの蒸散があるからですが、稲もこの蒸散作用により周囲を涼しくしています。
では、田んぼは、具体的にどれくらい涼しくしているのでしょうか。農業総合研究所の実験によれば、田んぼの気温低下の効果は、周囲と比べマイナス1.3℃と言われています。
実際のところ、日の照り具合や風、標高、影などその他の条件でかなり異なると思いますが、周囲の気候を1.3℃も下げるのはすごいことだと思います。これにより、熱帯雨林に近いといわれる暑い日本の夏も、過ごしやすくなっているのですが…、でも、近年は暑いですね。
水を溜めた田んぼは、この蒸発と蒸散のダブル効果で、畑や林よりもクーラー効果が高くなっています。ヒートアイランド化しやすい都会に対して、農村は天然クーラーとなっています。
田んぼの周りで、ホタルや虫の音、カエルの音、満天の星々を見ながら涼むという贅沢な時間が過ごせると考えると、どうでしょう? 何とも贅沢な時間ではないでしょうか?(蚊に注意ですが…。)
NOCAL(農X Culture)始まりました
農家のこせがれさんら有志により発足した、農の魅力と価値を学び共有するNOCAL 座談会。地域づくりに関心の高い農家のみなさんも加わってくださり、楽しい話題やゲストとともに1 ~2ヶ月に一度ズームで集まっていますので農ある暮らしに興味のある方はぜひ。参加者の中には、さとび読者の方もちらほら…さとびこ編集室もご縁を感じています。
次回の開催お問い合わせ=nocal2021@gmail.com (農家のこせがれ)
さとびごころVOL.45 2021 spring掲載
文・農家のこせがれ(農業関係技術者) 構成・編集部