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生物多様性をしくみ化する 北川忠生さん(近畿大学農学部准教授)風は奈良から ~さとびごころ×七つの風~ #04

この記事はさとびごころVOL.44 2021 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。

三浦雅之&阿南セイコがゲストをお迎えしてインタビューする連載

GUEST 北川忠生さん(近畿大学農学部准教授)

HOST 三浦雅之・阿南セイコ

北川忠生さん。国内外で活躍する研究者や実践家221 名により、最新の研究動向を反映した書き下ろし『魚類学の百科事典』(2018年丸善出版)では、「第3の外来種」を執筆。

現代の価値観に応える

三浦:満を持して、魚類学者北川先生のご登場です。

阿南:先生とは過去に本誌で「奈良の文化と生物多様性」という連載をお願いしたご縁もあります。

三浦:そう、生物多様性が先生のテーマ。それを支える希少生物や在来種をどう守るかにあたって、ただ公費に依存することなく、民間や地域と連携しながら、守られていくしくみ作りまでを視野に入れ、さまざまな活動をされています。七つの風でいうと、風土と風景が重なります。

 特に今回は、興福寺さんという奈良の大変にシンボリックな所での放生会(※)にまで携わられているところの真意や、未来への広がりも含めてお聞かせいただきたいと思います。

※放生会(ほうじょうえ)= 捕獲した魚や鳥獣を野に放し、殺生を戒める宗教儀式。興福寺をはじめ全国各地で執り行われている。

北川:生物多様性を守ろうと言うのなら、それが世の中に受け入れられるようにしくみ化し、それによって価値観を変えていくという大きなことにしっかり取り組むことも、ひとつの役割だと思っています。

 絶滅危惧種が世の中に認識され、それを守る規則ができ、守るべき対象が増えるとコストも増えていき,手が回らなくなります。そこで、立ち上げの段階では公金を投入するけれども、その間にしくみを作って、自立的に回っていくようなものが出来れば、次に移れますよね。

阿南:たしかに! でも、どうやって?

北川:わかりやすい例として、絶命危惧種のニッポンバラタナゴの話をしますね。あれは実は奈良県初の希少野生動物を保護する条例ができた指定第一号として、保護事業の予算がついた生きものなんです。事業を担っていたのが我々近畿大学。絶命危惧種の状態から脱するには、細々とでも生き残っているその環境を広げてあげるような、いわば公共工事と同じようなことが必要です。予算がついたとはいえ到底足りず、少し前からほとんど予算がつかなくなってしまいました。そこで現在は、タナゴを保護するための予算ではなく、タナゴの生活できる里山作りという名目で県から予算を付けてもらい、タナゴの新しい生息場所を地域とともに作り出す事業に取り組んでいます。

 これが軌道に乗れば,自立した環境維持が可能になる…ここで三浦さんのお力をお借りしているところです。

三浦:北川先生とは約10年間、バラタナゴの保存活動をご一緒させていただいてるんです。その中で「地域と協働してのタナゴの持続可能なしくみづくり」のプロジェクトを構想されているというご相談がありました。

 私の経営する農家レストラン清澄の里粟のある地域にため池がある棚田があります。そこでこの土地の所有者で共に営農活動をしている村田守さんという地域の長老のお一人にご相談したところ、農地を提供し、プロジェクトをサポートしていただくことになりました。

北川:まずは去年、そこに小さく穴を掘って水をため、タナゴが産卵するために必要な貝を入れて様子を見ると、ずっと生き続けるし、しかも、成長して、すっごくいい状態になってるんですよ。通常はわりとすぐに死んじゃうんですけど。これはいける!と、今年はこの池をもう少し大きくして、タナゴを飼ってみたら、見事に繁殖しました。

阿南:その要因はどこにあると?

北川:水です。山を通って養分を吸収して流れてくる水。当然ながらこの水は、作物にもいいわけです。ですから、さらに一段下の休耕田もお借りして野菜を栽培しました。タナゴが育つ水のある環境で育ったブランド野菜ということでネーミングは「ペタキンの恵み野菜」。

 ブランド野菜にするには物語性が必要ですから、作物の種類は大和野菜の大和まなや赤い大根、黄色いカブ等々、バラタナゴのオスの婚姻色の赤や豊かな色彩を連想する野菜を選びました。

三浦:レストランとの連携や加工品の開発など6次化を進めて、活動を継続する経済を生み出していきます。

北川:この事例がうまくいくことを実証できたら、我々はこれを地域に渡したい。例えば地域の若者がやってくれてもいい。バラタナゴが生息してるってことがブランドを支えるんですよ。それによってまわりの人にメリットが生まれ、メリットがあるから、それをみんなで大事にしていく。必然的にバラタナゴも守られます。

三浦:こうして棚田の景観が保たれたら、それが風景にもなっていくわけですよ。

阿南:すごい、すごい、すごいこれ。

三浦:これって、農村が経済成長と資本主義に巻き込まれるまでは、農家のみなさんが生活を維持するためにやっていらっしゃったことなわけです。それが解体されてしまった。それを紡ぎ直している作業なんだろうなと。

北川:今見ると、逆に新しいんです。現在の価値観に応えられるしくみが必要です。

放生会としくみづくり

北川: 話を放生会に戻します。全国的に、放生会は金魚や鯉を放つものがほとんどです。私も所属する日本魚類学会では、外来種は外国から連れてきた第1の外来種だけでなく、元々そこにいない国内の生きものも第2の外来種であり、飼育しているような身近すぎる生きものも、野に放ってしまえば第3の外来種になる、だから「金魚を放つのをやめようよ」という情報発信をしていたんですね。

 ただ、金魚も観賞用の鯉もメダカも、長い年月をかけて品種改良されたもの。飼育するだけなら生きものへの関心につながり、むしろいいんです。これは、生物がいかに変化し得るか、ものすごい多様性を潜在的に持っていることを見せてくれているもの。でもそれを野に放つと、自然界に混じって定着し、野生のものに影響を及ぼした瞬間に「問題のある外来種」になる。

 毎年4月17日に行われる興福寺さんの放生会も、従来は金魚や鯉を猿沢池に放つものでした。そこにSNS でかなり厳しいコメントが集まり、それに心を痛めた興福寺さんから、過去にも猿沢池の調査もやっていた我々に相談がありました。そこで、「毎年の放生会のときに在来種、外来種の猿沢池の調査をして、在来種だけを戻す、外来種は近大が研究用に引き取る、これを放生会にしましょう」となった。この結果、SNS の反応がガラッと変わって「興福寺すごい!」と絶賛に近いものになりました。

三浦:研究者の立場で唱え続けてこられたことを、奈良の由緒ある興福寺の伝統行事のなかで実現できたということですよね。

北川:放生会もしくみづくりです。猿沢池に、在来種が健全に生息できていないと、放生会ができなくなるんです。「そのためには、命を育む池の水をきれいにして環境をよくするような取り組みもしませんか?」ということを相談しました。すると「中金堂の改修時に出た瓦がたくさんあるから、使えませんか?」となり、その瓦で魚礁を作るプロジェクトが始まりました。瓦は多孔質なので水が浄化され、微生物も棲みつき、それを餌にする生きものが集まり、魚の住処にもなり、生きものの産卵場所にもなります。ヨシノボリなんて、瓦の隙間とか大好きなんですよ。

 これを記者クラブで発表したら反響が大きかった。2020年9月に実行した時には、マスコミ各社で報道され、広く知られることになりました。10月にはその後の漁礁の効果を調査している様子をNHK が取材し、奈良、関西、全国(おはよう日本)、世界(NHK ワールド)にまで伝わりました。

 海外向けのタイトルが、「from Roof to Leef」。すごく気に入っていて、「Roof to Leef 」を活動名にしようかと思うほどです(笑)。

人間も生態系の一部となって、
生物多様性が必然的に
持続化することが大事です。

伝統の本質は持続性

三浦:実は先生にお伺いしたいことがあって。伝統野菜を在来種としたら、伝統って何だろうと。先生が思う、最も適正な生態系のルールって何ですか。

北川: それはもう、ひと言でいうと「持続性」です。その土地に無理があると続かない。伝統行事も結果的に続いているから伝統行事。その間にはたくさんのものが淘汰されています。文化であれ生態系であれ、持続可能なものが目指していくべきことだと思います。

 もし私たちのふるまいがまちがっていて、ある生態系のピースが失われたとすると、その生態系なり社会なりがガタガタしてくるわけです。そこを「補完」できるものがあるなら、受け入れてもいいのではないかな。その土地由来であろうと、なかろうと、持続的であることがキーワードだと思います。

三浦:心がスカッとしました。伝統野菜の伝統の定義って、都道府県の行政によって違うんですけど、僕の調査では「おいしくて作りやすいから続いた」との声を必ず聞きました。「おいしい」とは、金で売れるではなく家族がおいしい、楽しみ、好きだ、作りたい、タネを取りたいという食文化になっている。人間が選抜に関与しています。「作りやすい」とは、気候風土に適応していること。この条件をクリアしたものが伝統野菜であり、これが本質だと。つまり、タネが取れないものは伝統野菜にはなりえません。

北川: 野菜自体がすでに「補完」したものなんです。そこにマッチしていて、持続化に役割を果たすものは、伝統になっていく。オリジナルでなければならないというものではなく、その場所で持続しているものが伝統です。

 ほら、土用の鰻って、今これだけ鰻が減っているのに無理をして海外から買い集めて売っているのは、あれは伝統ではないんですよ。じゃあ、何をしないといけないのかというと、鰻が生息できる環境を整えるということ。鰻が好きなら鰻でもいい、一つでもイメージをもてば想像で繋がっていきますね。

阿南:自然や生きものって、人間が関与することで初めて持続できることも多いですよね。自然がもつ復元力を超えて破壊することさえなければ、人間も生態系の一部になれると思います。

北川: それがまさにしくみです。生態系の一部に人間を組み込む、ということなんです。人間の行動が、いかに程よく関与されるかが大事。我々が思ってる以上に自然はあらゆる撹乱を乗り越えてきました。結構きつく関与しても大丈夫ですよ。

三浦:これからの展望はいかがですか。

北川:現代では里山は限られていますから、里山以外の生息場所を作るしくみづくりですね。実際に今、企業内の日本庭園や、今井町の環濠の池でバラタナゴが泳いでいます。里山は二次自然ですが、都市部に作り、癒しや学習、街作りに生かされた自然は三次自然。人の暮らしの中に求められ、作り出された自然の中に絶滅危惧種を共存させ、そこを維持することがまた、周りの人たちにメリットを作る、そんなしくみづくりを並行してやっているところです。

取材を終えて。
北川先生のお気に入り、魚のおいしい酒房「亜耶(あや)」さんは、店主の田中さんも北川先生のファンで、閉店時間を超えるほど話し込んだわたしたちをお許しいただきました。ちなみに、オーダーは先生の魚の解説つきでした!

さとびごころVOL.44 2021 winter 掲載

さとびごころ連載

三浦雅之

北川忠生

阿南セイコ

風は奈良から

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