この記事はさとびごころVOL.40 2020 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
「いつか日本でもダムを撤去する日がきっと来る。そのとき、最初に撤去された場所で暮らそう」と、心に決めていた溝口さんは今、熊本県八代市坂本町で、再生していく川を地域の価値に変換する仕事=リバーガイド業を営みながら、流れを見つめています。
ダム撤去の町へ移住
私は今、熊本県八代市坂本町で荒瀬ダム撤去後の球磨川をフィールドに、Reborn という屋号でリバーガイド業を営んでいます。
鹿児島生まれで海山川に囲まれて育ち、大学で環境保全を学ぶため愛知県へ。卒業後NGO 団体や大学の研究室に潜り込み、自然再生先行事例を追いかけていました。
かつていたるところにあった「川とともにある豊かな暮らし」が、思い出話や書物の中だけのものになっていると感じ、河川再生を学ぶ中で「ダム撤去」に出会いました。そして海外のダム撤去事例を調べているうちに、地域経済や文化の再興にまで広がる可能性を知り、失っている豊かさを取り戻せるかもしれないと思い始めました。
そんな折、国内最初のダム撤去が熊本県の荒瀬ダムで行われると聞き、「ダム撤去をもっと学び、豊かさを取り戻す担い手になりたい」という思いで、愛知から八代市に移住し、8年が過ぎました。
移住した頃の荒瀬ダムは、着々と撤去工事が進む最中でした。それを眺めながら4年間、リバーガイド業の修行のため、ダム上流の人吉地域へ通い、2017 年に開業しました。開業当時も、まだ撤去工事期間中でしたので、河岸に堤体の一部を残している荒瀬ダムを眺めながら、戻りつつあった川の流れを楽しみました。
半世紀以上もダム湖の底にあった流れを使って遊ぶという事を、とてもありがたいことと感じます。ラフティングボートで川下りしながらの約2 時間が、お客様との貴重なひととき。資料や聞き取りから得た、ダム建設前から将来に至るまでの地域の歴史や展望を、エンターテイメントとして織り交ぜ翻訳するようなツアーが目標です。
川のツアーガイドは、ダム湖がかつての流れに戻るというブレイクスルーを、純粋に川遊びを楽しみ体感しながら共有することで、より良い川を目指す仲間を増やせる仕事だと思っています。なのでツアーは川の上に限らず、求めに応じて川の歴史や文化を含めた陸上でのガイドも請け負っています。
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蘇るかつての流れ
2012年から始まった荒瀬ダムの撤去工事は、2018年に完了しました。湖だったところに、昔の写真と同じような流れが戻ってきています。潜れば、アユが泳ぎ、モクズガニが川底を歩いている。ツアー中や生活している時に、地域で出会う川を眺めるおじいさんやおばあさんに声をかけると、実に嬉しそうに川が戻ってきたことを話してくれます。ダム以前の時代と比較すると、本当にまだまだごく一部なのですが、川本来の価値を取り戻しつつあります。
6月のアユが始まるまでは、30~60センチを超えるヤマメを狙う釣り人が通い、初夏から秋までは鮎釣り師が多数訪れる場所になりました。ブラックバス釣りが盛んだったダム湖時代からすると、とても大きな変化です。
とれるかどうかは別ですが、元ダム湖の流れでは、年を追うごとに川岸に係留されている漁師の川舟や、秋口の落ちアユの瀬着き場を利用した漁場の申請も増えてきました。夏の暑い日に川に飛び込む子供たちの歓声も戻っています。祖父が孫に投網を教える姿を見たり、ただ川原を散歩しているおばあちゃんがいたりと、本当に楽しみ方は様々です。そのいずれもが、数年前まではダム湖の底に沈んでいた場所です。
暑い日は、ダム湖のよどんだ水の臭さが大変だったけれども、今は流れが戻り、瀬音をBGM に流れを借景として窓を開け風を楽んでいる…などの声も多数聞かれます。荒瀬ダムが引き起こしていた水害(※1)のリスクもなくなり、地域の治水安全度は各段に上がっています。
※ 1 荒瀬ダムは戦後作られた発電専用のダム。川をせき止め水をためると同時にダム湖上流部で土砂も堆積し、川底が上がる。結果的に増水時の水位がダム建設以前より高くなり、水害が激化しました。水害の増加が、撤去を望む声の最も大きな理由でした。
今なお分断されたままの川
ただ、現在でも課題は多く、河川の連続性は海まで繋がっていない状態です。その結果、アユカケは見られず、テナガエビは下流にしかいないなど、生態系はまだまだ貧弱です。水の透明度も低く、当地でのアユの品質は、上流の支流でとれるものの半値以下が相場です。天然遡上や河川内での再生産は十分な状態ではなく、資源量は、けた違いに少なくなった状態のままです。
川原の砂利の粒度分布も、健全な状態の河床とは到底言えません(※2)。これに影響を与えているのは、荒瀬ダム跡のさらに上流にある瀬戸石ダム。これも、撤去要望が地域で継続中です。
先は長いですが、遊びながら楽しみながら進めていければと思っています。
※ 2 増水時、ダム湖に土砂交じりの濁水が流入すると、流速が急激に落ち、重いものから順にダム湖上流部よりふるい落とされるように沈む。ダム下流へ流れ出る時には、沈みにくい泥土やシルト(沈泥)が多く、砂利や砂が不足した状態となります。この結果、下流では砂利や砂が不足し、沈みにくい粒径の細かなものが水を長期間濁らせてしまう現象を引き起こします。また、下流では川底が下がり河岸が削られ、海では海岸侵食の原因にもなります。濁水は長期化し、床固めや護岸の工事を求められるようになります。
可能性の始まり
これまで、テレビ取材も4件、新聞や雑誌の取材も多数受けて来ました。ダム撤去で再生された地域が失ってきた豊かさを取り戻せる、という可能性を共感できる時間と場所を提供できる場所に育っていること、それを商材として活用できる嬉しさを噛みしめています。
毎年、国内でダム撤去要望を起こしている(※3)ところから情報交流の問い合わせが来ることもその喜びの一つです。それに応えられるように、ツアーのスタート地点とする拠点として整備している古民家の瀬戸石ベースには郷土資料を中心に、ダム撤去にかかわる国内外の資料など600 冊を揃えて要望に合わせて公開しています。県外からの来訪者がダム撤去を学ぶときにも活用していただいています。
地域で暮らし、資料や情報の収集と発信を継続して行い、再生された川の魅力を広く伝えていきながら、次の河川再生の現場が生まれることを期待しています。
※ 3 これまでダム撤去要望の声が出たところに、荒瀬・瀬戸石・泰阜・秋葉・水内・津賀・雨畑・玉淀・二津野・二風谷ダム・赤石( 青森)・夜明、などのダムがあります。堰などでは轟・佐賀取水堰・阿波井堰・長良川河口堰・芦田川河口堰などがあります。水害の増加や環境悪化や老朽化による決壊に関する不安など、撤去要望理由は様々です。
溝口隼平さん(Rリボーンeborn 代表 リバーガイド)
さとびごころVOL.40 2020 winter掲載