この記事はさとびごころVOL.32 2018 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
山村への移住が増えていますが、生まれた村へ戻って未来づくりに取り組む若者もいます。北直紀さん、34 歳。紀伊半島一円で仕事探しのウェブマガジンを編集する、同世代のライター大越さんに、そんな北さんを取材していただきました。
生まれた村へ帰り自伐型林業を知る
「就職活動をする時は、帰ろうかすごい考えましたけどね。村はアイデンティティというか。でも就職先はないし、かといって起業なんて頭になかったし」。北直紀さん(34)が、下北山村へと帰ったのは2011年のこと。9年ぶりに行われた役場の職員採用試験に手を挙げた。
配属先は、産業建設課。水道料金の徴収、イベントに出展しての物販。「これも大事な仕事」と自分に言い聞かせながらも、「なんか違うなぁ」ともんもんしていた。林業担当となったのは、2015 年。村の林業の要である森林組合でも、手の届かないところが見えてきた。「補助金ありきの林業では、小規模山主さんの所有する山にアクションがとりにくかったんです」「林業って、自立できないのかな」。そう思いはじめた2016 年、南村長から『自伐型林業』を教わった。その特徴は大きく3つあった。森の斜面を切りひらき、2・5m 幅の道をつけること。車による移動が可能となり、日々の保全や出材が容易になること。複数の仕事を持ち、なりわいの一つとして林業を行うこと。
可能性を感じた北さんは、高知県へ向かった。森の中で、いきいきとはたらく同世代の姿。「これだ」と思った。下北山村で自伐型林業家が育つには、林表技術を習得し、山主さんとの信頼関係を築く時間が必要だった。そこで、地域おこし協力隊の制度を活用することに。2016 年10月より順次4 人のメンバーが着任した。ところが家庭の都合により、離れざるを得なくなった人もいる。自伐型林業を軸とした下北山村の取り組みは始まったばかり。その道はけっして平坦じゃないけれど。
温泉とスポーツ公園の村で
ぼくは、2016年より和歌山県の那智勝浦町に家を借りている。国道169 号線ぞいの下北山村は、奈良県北部や大阪への通り道。右手に七里御浜を望みながら、熊野市から山へと入っていく。下北山村は、吉野地方にあって真冬でも日がよく差し、暖かい。熊野から吉野への境のような気候風土。きなりの湯と下北山スポーツ公園の前を毎週のように通り過ぎた。「この村にはどんな人がはたらき、暮らしているのだろう」と思いながら。
2017 年6月、下北山村を取材することに。下北春まなの栽培、福祉有償運送の取り組み、解禁を迎えたばかりの鮎漁。下北山村には、たくさんのことが起きていた。中でもうれしかったのは、自伐型林業家たちが築いた奈良型作業道を歩かせていただいたこと。「人が道をつくる。すごいことだよ」と目を輝かせる北さんと、ここで会ったのだった。
北さんは、トラック運送業を営む父のもと育った。山から切り出した木材を、熊野市の市場へ輸送したのだ。下北山村小学校では、10人ほどの同級生と過ごした。木造の教室には、大阪や東京からの山村留学生の姿も。「ずっと、『野球やりたい少年』で」と振り返る北さん。 高校進学を機に、大和高田市へ。念願の高校球児となった。大学では、教職員の免許を取得。奈良市大宮で、学校の先生を5年間務めた。塾講師や家庭教師のアルバイト経験から「教える仕事はできそう」だと思ったし、せめて奈良県内にいたかった。そして2011 年に、村へ。
ライフワークとしても森とむきあう
北さんは、自伐型林業との出会いを機に、林業の世界へどんどんのめり込んでいった。『担当業務』にとどまらない『ライフワーク』といった印象。
この秋には、自宅の裏山で木を切った。今欲しいものは、ユンボ。
「もし僕が協力隊だったら、役場の担当者に対してぜったいこう思いますよ。『ユンボ動かせへん人に言われてもなぁ』って(笑)」。
そんな北さんも事業開始直後はコーディネーター役に徹するつもりだった。「役場職員として、そこまで踏み込んでいいのだろうか?と迷っていたんです」「でも、それ違うなと思って。自伐型林業推進してる俺がせな、って」。
気づきを与えてくれるのは、村外での人との出会い。有志による「明日の奈良の森を考える学習会」にも足を運ぶ。「修正しながら、変わりながら。人に引っ張られていきますね。こっちだよ、って」。
「組み合わせ」て描く林業の未来像
今後は、村内にも人の流れを生みたい。北さんの暮らす下北山村は、役行者(えんのぎょうじゃ)にはじまる修験道(しゅげんどう)の地というルーツを持つ。山あいの地では、人の行き来が、文化に影響してきた。
そうそう、2018年には、村内で自伐型林業に取り組む小野正晴さんが、パートナーの晴美さんとゲストハウスをオープン予定。北さんが下北山村で描きつつある林業は、木材販売にとどまらない。製材・木工・ツーリズムと組み合わせていく林業だ。そこには、編集者も、企業も、サラリーマンも、奈良市の大人も、橿原市の子どもも。色々なセクターの人が関わっていくのだと思う。その先には何があるのだろう? ぼくも、その一人になりたいと思う。
取材・文・写真 大越元 紀伊半島の仕事探しウェブマガジンKii 編集長
さとびごころVOL.32 2018 winter掲載