この記事はさとびごころVOL.46 2021 summerよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
令和3年6月、秋津穂の里に広がる棚田では今年も田植えが始まり、梅雨らしい小雨のなか、十数名の有志が慣れた手付きで挿し苗をしている。水田を泳ぐオタマジャクシやイモリに目が留まり、ホトトギスやカッコウの鳴き声が心地よく耳に響く。
残念ながら長引くコロナ禍により、酒米イベントは2年続けて中止となったが、5年目の無農薬水田は一人農業からすっかり様変わりして仲間の歓声に包まれている。中山間の小さな里山が荒廃することなく、人々の営みとともに確かに息を吹き返しつつあるのだ。
18年前に一枚の棚田で農業を始めたのは、環境保全と人間活動をどのようにバランスさせたら良いのか、その命題を里山を舞台に農業を手段として実現することだった。しかしながら、現実の生活を維持しながら理想を追いかけることは困難を極める。諦めかけた時に切羽詰まって実施したイベントが里山に人を呼び、多岐に渡って進化してゆく絵は想像もできなかった。里山にはただそれだけで求心力がある。
最近、ある経営者の方から「御社の事業定義は何ですか」と訊ねられたが、未だ経営者の自覚が希薄な私は少し焦って、里山から生み出される価値を顧客に提供することと答えた。「里山の価値提供」というビジネス観点の表現により、農園の進むべき道が開いてゆく思いがした。私たちが知らずと求めている里山にある価値と、まだ見出せていない価値を掘り起こして行けば良いのだ。もう迷うことはない。
7回に渡って連載してきたコラムも、今回が最終回です。執筆経験のない私がここまで続けられたのは編集長の激励とヨイショ(笑)あってのことだと感謝しております。里山新生は始まったばかり。酒米、蕎麦小屋、ワイン、農体験、民泊。きっと素敵なご報告ができるよう、諦めることなく頑張ります。
さとびごころVOL.46 2021 summer掲載
文・杉浦 英二(杉浦農園 Gamba farm 代表)
大阪府高槻市出身。近畿大学農学部卒。土木建設コンサルタントの緑化事業に勤務。
2003 年脱サラし御所で畑一枚から就農。米、人参、里芋、ねぎの複合経営。一人で農園を切り盛りする中、限界を感じて離農も検討していた時、ボランティアを募ることで新しい可能性に目覚め、「もう一度」という決意を固め、里山再生に邁進中。 2017 年、無農薬米から酒米をつくる「秋津穂の里プロジェクト」を始動。風の森 秋津穂 特別栽培米純米酒の栽培米を生産している。
連絡先 sugi-noen.desu219@docomo.ne.jp
【参照】 さとびごころ vol.35(2018autumn) 特集 農がつなぐ人と土