現在発売中さとびごころ夏号で、連載の最終回を迎えた「おうちで野草の草木染め」。
講師は、シガセイサクショの志賀規子さんです。
先日、シガさんが、編集室に来てくれました。インスタでの報告、こちら。
「めんどくさい」について
ここでは、インスタに書かなかった会話のこと、ちょこっと共有いたします。
その日、シガさんが来てくださったら、聞いてみたいと思っていたことを伝えてみました。
「シガさんは、いつも手作りの服づくりをされていて、しかも生活のうえでも手作りが大好きな人ですよね。そういうこと、めんどくさいと思うことはないんですか?」
すると、返事は。
「はい、めんどくさくないですー。むしろ、毎日、いつでもめんどくさいことしていたいくらいですー」
にっこり笑って、いつものトーンで、すんなりとー。
予想はしていたものの、ガーン。まぎれもなく。すっぱりだあ。
今度はシガさんのほうが、「なんで、そんなこと聞くんですか」という表情に。
いや、それはですね、あなんも生活を丁寧にしようと思っているほうではあるのですが、実をいうと、本当はすごくめんどくさがりなんです。ご飯をつくるのも、なんなら食べるのもめんどくさい。掃除も洗濯もめんどくさい。何もかもがめんどくさくなってしまう人間なんです。でも、シガさんだったら、きっとめんどくさくないんだろうなあ、と思って聞いてみたんですけど、やっぱりそうなんですね。
シガさんは無理をしない
理想を言うと、あなんは食べなくてもいい人間になりたいくらい。それならお買い物も、料理も、食事も、片付けも省けるじゃないですか。(ああ、なんてことを言うんだ)
しかし、食べないわけにはいかない。おなかがすいてしまう。そこで、あなんは、めんどくさいことこそ、イベント的に真正面からやることにしていて。そのほうがかえって、めんどくさく感じないんですよ。このアプローチは微妙に、シガさんとは違う。なので、わたしは今日、シガさんの「めんどくさくない」オーラを全身で浴びたいと思います!!オーラを浴びると、うつるような気がするんです。
考えてみたら、わたしもめんどくさい人かもしれませんよ。めんどくさい時は無理にやらないんです。それだけのことかもしれませんー。
いえいえ、そんな、あなんに合わせていただかなくても。
けど、シガさんにも「めんどくさい」は、あったのでした。シガさんは、無理にやらない。あなんは、むしろあえて能動的に取り組む。
少し方法が違いますのは、もともとのアベレージがシガさんのほうが高スコアだからなんだと思います。はい、きっと、そう思います。あなんは、逆立ちしても手作りの服なんて縫えませんので!!!
手を使うことは暮らしを敬うこと
今日もシガさんの金言に触れた思いがいたしました。どこまでも、力みのない方です。そういうところに、あなんは永遠に憧れるのでしょう(憧れるということは、シガさんがきっと自分とは違うタイプだからこそ、なのでしょう)。
生活というのは、考えようによっては、めんどくさく、虚しいことの繰り返しです。洗濯する、干す、たたむ、着る、洗濯するの繰り返し。買い物する、作る、食べる、台所と食器が汚れる、洗う、片付ける、また作る。
掃除もそう。バジルの毛をどんなに掃除しても、毎日、もとの木阿弥状態に、落ちているのを、繰り返し掃除。その都度、時間がかかり、やるべきことを先のばしにする絶好の口実にもなったりします。
そんなとき、わたしは「暮らしを敬う」の話を思い出すのです。
丁寧に生きること それがええ暮らしです
どれだけ豪勢な食事でも 心がこもっていなければ 腹は膨れても魂は痩せる
手を使うことは 心を使うことだ 手を動かすことで 心も養われるる
だから 洗濯も 料理も 掃除も 工夫してみなはれ
暮らしのなかに 美しさを探しなはれ
そうやって暮らしに声をかけると 不思議と自分の心も整ってくる
それが敬うということです
さとびの心得と同じ
地球を思うなら地域から
世界を変えるなら自分から
それって、手元を見ること、この一瞬に集中すること。そういうことですよねえ。
シガさんとお話しして、今日もこころスッキリなあなんでした。
『自然の色 手作りの服 シガセイサクショものがたり』
日本語の「もの」には、物質としての「もの」と、目に見えないものとしての「もの」、両方の意味があります。
シガセイサクショの作品としての「もの」がたり。
そしてシガさんのお人柄としての「もの」がたり。
素敵な女性になりたい若いあなたに、おすすめの一冊です。
志賀さんから直接、お求めもしていただけますので、接点のある方はどうぞどうぞ。サインしてもらってはいかがですか?