こんにちは。暑さの厳しい折、お元気でしょうか。
ひとり編集室で自然派の地域マガジン「さとびごころ」を季刊でつくっているあなんと言います。
7月は夏号の発刊月でした。その制作の大詰めの頃に、映画「マイケル」の上映が始まりまして、興味を感じながらもそれどころではなかったため、かわりにマイケルや主演した甥っこのジャファーのこと諸々を調べていたんですよね。そのうちやっぱり、是非とも観たくなってしまい、「今だ!」と校正の返事を待っている隙間に、ダッシュで行ってきちゃいました。キャッチャー画像は、そのとき無料配布されたパンフレットより。
マイケル調べは映画を観たあとも続き、その中で、見つかったあるインタビュー動画を見て、思わずメモったことがありまして、今日は、それをここにもメモしておこうと思います(インタビュー動画は保存もなにもしていなくて、リンクを貼ることができません。ごめんなさい。たぶん簡単に見つかりますよ)。
前提としまして、あなんはそんなにマイケルファンではありませんでした。マイケルが世界を一世風靡していたころには、あまり音楽を聴かなくなっていて、熱狂の空気は他人事のよう。それでも、当時はいやがおうにもMTVのスリラーが目に入ってきますから、「ダンスの上手な人やなあ」「ずいぶん、制作に凝ってはるなあ」みたいな感じでした。2009年、あまりにも突然の訃報を聞いて、なにか訳がありそうに思い、少しつづ気になり始めたのですよね。でも、そのことは今日は横に置いておきまして、インタビューのメモに戻ります。
二十歳そこそこで世界の頂点にたったマイケル。インタビューは、マイケルのふりをしたAIではなく、リアルな記録でした。その中からメモったことだけを書きます。(メモなので細かい言葉づかいに誤差があるかも)
ファンはお互いを高め合う存在
お客さんがいなくてもパフォーマンスはできるけど、お客さんの反応があれば、ダイナミックなパフォーマンスになる。ファンはエネルギー。お互いを高め合っているよ。
インスパイア
ペンと筆を持ち、周りにあるものからインスパイアされる。自分の内側にあるものを表現する。僕は魔法をかけるのが好き。(マイケルによると魔法とは、驚き、興奮、予想外、現実からの脱出、すばらしいもの)
作曲しているのは僕じゃない
僕は、(言葉を探しながら)トンネル。ただの発信源。すでに宇宙のどこかで作られている。僕がやったことだけど、実際にはそんなふうに感じている。自分の功績にすることはできない。子どもたち、動物、神様から淫スプレーションをもらっている。
メモはここまでです。
いかがでしたでしょうか。みなさんにとって、ご自身にもあてはまるような気がしませんか。われわれを不世出の天才と一緒にしたらマイケルに失礼かもですけど、その超超超×n の縮小型が自分の中にもあると、あなんも感じたのです。
文章を自分だけのために書くこともできますが、読者の存在があるからこそ「いいものを届けよう」と向上心が持てるし、より深い喜びに繋がっています。「お互いを高め合う」って、いいなあ!ファンを自分の所有物やアクセサリーのようにとらえていないマイケル青年の感性に感動しました。
インスパイアは紙と筆から。というのにには、もう、全くの同感です。わたしも、文章を書くアドバイスをするときに、「捨ててもいい紙に、思いつくままに、筋が通っていなくてもよいので書いてみてください」ということをよく言います。それは、自分がそうだから。なぜか、紙と筆(あなんはシャープペンですけど)なんですよね。ここがポイントですよね。マイケルもやっぱりそうなんだ!嬉しい。
魔法はかけられませんが(笑
最後のメモは、これはもう創造の本質そのもの。体がまだヒョロヒョロの、気ままなムード満載のマイケルくんが、ここまで言えるのかと驚きました。自分がトンネルとなって宇宙にすであるものを顕在化しているという捉え方。自分の功績にすることはできないという認識。すごい。なんて素直なんだろう。権利主張の強いアメリカで、幼少期から音楽業界の裏も表も見て育ちながら「自分の功績にすることはできない」と知っているなんて。
映画の中で新曲を考案中のマイケルがでてきます。プールでぷかぷかしながら、「I’m channeling!」って言うんですよ。映画とインタビューが重なりました。創造するものが何であれ、世界的ヒット曲ではないにしろ、わたしたちも実はチャネリングによってヒントを得ているはずなんです。ほら、散歩のとき、電車やバスにゆられているとき、お風呂に入ったとき、寝る前、目覚めの時…、思い当たりませんか。
空前の大成功をした後、マイケルジャクソンは、悲しく苦しい人生を強いられていきます。それを思うと、ほんと、「神さまあ、もうちょっと守ってあげたってよ」と言いたくもなる。でも、マイケルも生身の人間で、今世で学こべきことがあったのかもしれません(それにしても、やっぱり可哀想だ)。もし、ここから何か受け取るとしたら、当時のアメリカの音楽業界やマスコミの内実を明らかにしようとし、一人で戦おうとして敗れたことによって、世界中の人の記憶に残り、「ヒールザワールド」というメッセージを不滅のものにしたことであるに違いありません。
この映画は、映画である以上一定の切り口で描かれており、事実そのものとは言えませんが、映画のヒットをきっかけに事実を調べる人が増えてくるならば、意味があったと思います。わたしのように「特にファンではなかった」ような者が観たくなるほどに、全盛期のマイケルのパフォーママンスも、努力したジャファーさんのパフォーマンスも、人を強く引きるけるものでした。
マイケルが亡くなってから十数年、時代は少し変わりました。悪いほうにも進んだように見える反面、良心的な人たちが行動を起こしはじめていると思う(思った人勝ち)。多くの人が「もうたくさんだ」と、無意識で線をひいている感じ?マイケルを殺したのは特定の組織や人物というよりも、人々を支配していた何かであったのです。人々は、いやわたしたちは、何に支配されていたのか。人ごとではないのだと思います。
これからも天国で(転生してたら、わかんないけど)、地球人の進化を見守っていてほしい。マイケルさん、ありがとう。安らかに。
8月にワークショップやります