この記事はさとびごころVOL.40 2020 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
フォレスターに必要な資質
今年の秋から私は、真のフォレスターを目指す一環として、森林総合監理士試験を受けるべく身近な仲間達と毎朝の勉強会を始めた。インターネットでつながりながら、奈良県内各地にいる林業に関係する人だけでなく、大阪や遠くは愛媛、岐阜や愛知等の遠隔地にいる十数人の人々と、毎朝8時から15分間、森林総合監理士テキストを使っての勉強会だ。テキストの内容は、森づくりの理念と森林施業、森林経営計画や市町村森林整備計画等の制度や法律、路網と作業システム、提案型集約化施業、木材と流通、労働安全等と広範にわたる。これらをマスターするのは一苦労だ。とても高度で大事な事ばかりだが、この森林総合監理士試験を突破しただけでは、自分自身を含め、一緒に学ぶ仲間達が各地域で本来フォレスターとして活躍できる能力が身につくのかというと意外と自信がもてない。
森林総合監理士資格制度が始まってしばらくの時間がたち、資格取得者数も現在では全国で千人を超えている。その中で、森林総合監理士の活躍によって林業の画期的な成果に辿りついたという事例がまだまだ少ない事を考えると、森林総合監理士として画期的な成果を残すには、身に着けるべきまだ顕在化していない重要な視点があるのではないかと考えるようになった。
その資質とは、何だろうか? 前回でも少し触れたスイスのフォレスターのロルフさんの事を考えてみるとどうだろう。今まではロルフさんの広範で横断的な知識や技術にばかり目がいっていたが、ふと、ロルフさんは酒場に行けば、「よう、ロルフ」と方々から声がかかる人気者だというエピソードが頭に浮かんだ。
酒場で気軽に声がかかるほど、地域の人との良好な関係を築いている。ここに、ヒントがあるのかもしれない。私は以前ロルフさんに出会った時、その立ち振る舞いから、彼が地域の森林や林業、地域、そこに関わる人々に対する愛情や使命感、強い責任感を持っていることを痛切に感じた。醸し出される森や地域に対する爽やかで優しい空気感は、「ロルフに任せておけば間違いない」と思わせるには十分であり、さらに長期にわたりそれを実践し続けているという安定的な信頼感は、地域の長期の事業である林業を担うフォレスターとしてピッタリだなと思った。そんなロルフさんの人間性を信頼し、地域の人は森林を託し、親しみを持って接するのではないか。ロルフさんの人間性の部分が技術や知識・方法というテクニカルな部分とあいまって、二つの要素が並立して初めてフォレスターとしての職務を全うしていけるのだということに気付いた。
最近学び始めた東洋倫理哲学の中には、この事に通じる面白い解釈があることを知った。人間には、才と徳という二つの大切な要素がある。才とは技術や方法、徳とは考え方や人間性の事をいう。才は徳の資材であり、徳は才を統帥するものである。徳は、才より優先する。また、人格者、つまり徳の高いとされる人物の持つ要素についても触れられていて、粘り強く、実行力に富む潜在エネルギーを持ち、理想を必ず実現しようとする志を持ち、現実の様々な抵抗、矛盾にあっても簡単に挫折せず、耐久力・一貫性をもっていて、様々な事や人を受け入れゆったりと処理する器量を兼ね備え、深く、決してぶれない信念を持ち、多くの人に対して仁愛を持って接することができる人は、その人自身からその人らしい醸し出されるリズミカルな空気感が出てくるという。
学びながら、ロルフさんの人から信頼される部分は徳という要素であり、人格者の持つリズミカルな空気感は森の中での楽しそうなロルフさんの姿と妙に符合した。フォレスターの資質として、人から信頼される徳の高い人格者の一面を兼ね備えている事が大事だ。では、どうやったらそうなれるのか。さっぱり見当がつかない。技術的な面を学ぶ重要性は誰もがわかっているし、学ぶ方法や知識も、そこら中に溢れている。しかし、人間性を磨く事が必要だとか、人間力が技術より優先するというコンセンサスは案外ない。ここに、まず気付く事が大事で、フォレスターの育成の過程でも、その重要性を認識する必要があると思う。
フォレスターは、地域の長期間にわたる森林管理を実現させるためのシステムをつくるのが仕事だ。その為に人と人を繋ぎ、納得してもらい、日々の日常に落とし込んでいかなければならない。才と徳、その二つの要素を両立させるフォレスター。しっかりと、地域や地域の人々の信頼を得て、長期間にわたり森を託される人間性を磨き上げ、技術や方法も身に着けて、真のフォレスターになっていけたらなと思う。
さとびごころVOL.40 2020 winter掲載