この記事はさとびごころVOL.40 2020 winterよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
環境再生の手法に出会う
僕たちが今暮らしている社会を眺める時、様々な理由で環境を痛めつけすぎたと感じている人はいませんか。そして、これからはそのような痛んだ環境を再生させていくことが求められているとは思いませんか。僕が学んでいる「大地の再生」は、そのための手法の一つです。
大地の再生とは、造園技師の矢野智徳氏が、自然を手本とし、長年の経験から見出した環境再生の手法です。今回は、これまで学んできたことや経験を通して、この手法についてご紹介したいと思います。
僕が、大地の再生に出会ったのは、3年前。親方である矢野氏の元で働いている友人から、強く強く誘われて「大地の再生講座」に参加しました。講座の内容は、最初にテキストを用いた座学、現場の状態の見立てと説明、実践作業の流れで進みます。初日は、舞鶴の小さな駅前にある大木の桜の周りの土に、溝を掘る作業、2日目は舞鶴市内の個人宅で、溝掘りとコンクリート破砕でした。
1日作業した景色を振り返ってみると、なんとも清々しく晴れやかな場となっている事に心が震えました。矢野さんは、環境再生は、杜をつくることだと言います。森ではなく木偏に土と書いて、『杜』をつくるとは、こういうことか!と合点がいきました。再生を施した場を定点観測すればするほど、見違えるようによくなっていることを目の当たりにし、いつしかこの『大地西尾 和隆(環境再生活動家)の再生』活動にのめり込んでいったのです。
水脈と地脈をつなぎ直す
改めて、大地の再生とはどういうものか、公式ホームページ「一般社団法人大地の再生結の杜づくり」から転載する形でご紹介します。
私たち人間は、利便性の高い暮らしを求めて、森を支える自然地形を壊し、生きものの拠り所であった大地を傷めてきました。人工的に地形を変えることは、水脈と土中の空気の流れを変え、植物層を変え、やがては周囲の気候さえ変えてしまいます。 特に水脈は大地の要であり、分断されてしまうと様々な環境破壊を起こします。そこで私たちは、依頼のあった地域に赴いて分断された水脈・地脈をつなぎ直し、その土地の自然と人間の共存を目指す環境再生施工を行っています。
個人の庭園・農園から、公共土木工事まで、多様なご依頼をいただきますが、どこであれ、私たちは五感を使ってその土地の自然を観察し、できるかぎりその場の自然素材を使います。自然の営みは絶えず繰り返します。私達は繰り返す自然の営みに助けてもらいながら、必要最小限の介入を行うことを目指しています。お手本は自然。人と自然が近い暮らしをしていた時代、それはごく当たり前の感性であり知恵でしたが、私たちはこれを学び直し、現代の環境再生に役立てる活動をしています。
再生の現場を見て
再生により、様々なことが期待できます。例えば、 樹勢の回復です。
新潟市では、松枯れからの回復が実証実験されました。福島県福聚寺境内では、楢枯れからの回復も見られました。三重県熊野市金山パイロットファームでは、みかん畑の樹勢回復により収量が増加しました(現代農業掲載)し、奈良県内の茶畑で茶の樹勢回復により収量が増した例もあります。
この他にも、建物周りの湿気が低下する、蚊やブヨなどの害虫が減少する、幼稚園園庭の真夏の温度が10
度以上低下する(京都市山科、岩屋子ども園)、土砂崩れの予防や斜面強化。このように、家の暮らしから、畑作の地力、治水土木に至るまで多岐に渡ります。
では、なぜこの様な事が起きるかについて、僕が経験し、見て触って感じたことを元に書いてみます。
樹勢回復について
コンクリートを多用した現代土木では、土中の空氣や水の流れをあまり考慮していません。この状況を植木鉢に例えると、穴の空いていない植木鉢のようなもので、水も空氣も通ることができません。こんなとき、土の中は次の2通りの状態となります。
1、水がタプタプで地下1㍍周辺で沼のようにヘドロ化している状態
2、固くしまっていて目詰まりを起こしている状態
このどちらも、多くの植物にとっては良いものではありません。この結果、樹木の根は呼吸不全を起こしていて、細かい根は表層20センチ程度の範囲内にしかなく、深い根が弱っています。
再生手法としては、穴(大地の再生では点穴と言います)や溝(水脈と言います)を掘っていき、土中の水と空氣の流れを確保していくのです。すると、数時間のうちに植物たちの枝葉が見違えるように、輝きイキイキとしてきます。僕も、この瞬時に変わる枝葉を見て、大地の再生に魅せられていったのです。
建物周りの湿気について
建物周りの湿気は、基礎コンクリートおよび、道路、コンクリート側溝が水と空氣の流れを止めている事に原因があります。建物周り及び上流・下流の水脈を整えると、カビや苔は消えていき、居心地の良い場となります。
この事を体感した建築家達が、新築物件を手掛けるときに、通氣浸透管を通した建造物がアチコチに出来始めています。
大規模工事も魅力だけど、予算が!!という人の場合、手仕事を中心に一手間かけるだけでも、断然良くなります。移植ゴテ1本から始めることが出来るのも大きな魅力です。
蚊やブヨなどの害虫減少
これは、数字で表すことが出来ないまでも、多くの施主さんが教えてくれるのです。このメカニズムについて考察します。
建物周りのコンクリート基礎周辺を掘ってみると、青灰色がかった地層があります。これはグライ層といって、排水が悪いところにある酸欠状態の土壌。グライ層の発達は根の伸長を阻害する要因にもなります。このグライ層では、有機物を分解するのに酸素を使うため二酸化炭素が多く含まれています。この二酸化炭素と湿気に虫が集まってくるのでないかと推測しています。湿気が消え、グライ層が無くなると、蚊がいなくなることが実感としてあります。場所によっては、「以前は蚊がめちゃくちゃ多かったのに、網戸を使わなくなった」というケースもあります。
酷暑対策
園庭の温度が10度以上も下がったケース。これは、通氣改善により、大地のラジエータ機能がしっかりと機能し、異常高温を抑制する効果があると考えられます。車のエンジンを冷やす装置がラジエータ。ラジエータには水冷と空冷があります。大地再生で重要視するところの、水と空氣の流れを作ってやれば、温度は安定します。
土砂崩れの予防や斜面強化
土砂崩れの現場をつぶさに見て回ると、コンクリートにより大地の呼吸が失われた場所で発生していることが多いことがわかります。本来、地中にも水や空氣の通り道が無数にあるところに、コンクリート擁壁やコンクリート側溝により、水脈が分断されていることに原因があります。コンクリート擁壁や側溝の脇に、しっかりとした水脈を通すことで改善することが出来ます。まさに、コンクリート現代土木とのハイブリッド! 土木の言葉通りに、土と木で支えるのが特徴。通氣水脈が機能すると、周りの植栽が元氣になり、植物の根っこも一緒に斜面を支えることが出来るのです。
今回は、僕が体感した大地の再生現場の状況を記しました。次回からは、どのように実践していくかを記していきます。どうぞお楽しみに。
(編集部注・著者の意向に従い、「氣」の字を使っています)
さとびごころVOL.40 2020 winter 掲載
寄稿 西尾 和隆(環境再生活動家)