この記事はさとびごころVOL.43 2020 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
秋は台風のシーズンです。毎年のように、全国各地で豪雨による災害が発生しています。増え続ける豪雨等の異常気象の中、技術者として、農村資源を活かした防災の試みに関わってこられた農家のこせがれさん。今回紹介するのは、水田貯留(通称:田んぼダム)です。この記事を読んだら、田んぼを見る目が変わるかもしれません。
田んぼダムとは?
みなさんは、田んぼがどのような構造になっているか考えてみたことはありますか。30㎝程度の畦畔に囲まれた田んぼは、一つひとつが水を溜めて稲を育てる、いわば「器」になっています。その器は、水を入れるための取水口と、外の水路に出すための排水口から成り立っています。
この器に、大雨の時に一時的に水を溜めて、下流の川に一気に流れる水を徐々に流して洪水を軽減しようとするのが田んぼダムです。
田んぼの構造や、稲作の経験(知識)、水理学などのちょっとした知恵と工夫で取り組める内容です。
具体的には、田んぼにある排水口の桝に、5cm程度の穴の空いた板を差し込むだけです。この板は、田んぼに溜まった水を器の外に流れにくくします。全く堰き止めてしまうのではなく、5㎝程度開いている穴から常に水が流れます。大雨が降った時は一時的に田んぼに水が溜まり、徐々に水かさが減って、やがて通常の田んぼに戻ります。
奈良盆地(通称、大和平野)は、雨が少ない地域ですので洪水が起こりにくいかというとそうではありません。河川が一本(大和川)しかないため、いっときに雨が降ると、そこに水が集まるため洪水にも悩まされて来ました。
奈良盆地の水が集まる大和川
一方、大和平野は、古来から整形された条里制の田んぼが広がっています。そこで、水を溜める器としてのこの田んぼの機能を活かし、洪水軽減対策の一つとして、田んぼダムの取り組みが始まりました。
大和平野の田んぼの多くは、整備が進んでいないため排水桝がバラバラで、各農家も水の管理に苦労されています。通常農家の方々は、水の管理は、桝の入り口で、板を入れたり外したりして水位を調整します。
農家によっては、生育に応じて微妙に水位調整する方もおられます。そこで、排水桝を統一して、入り口の板は触らずに、その桝の後ろに5㎝の穴の空いた「管理する必要のない」水の流れを調整する板を入れてもらうこととしました。
農家の方々にとっては、排水桝が統一され管理し易くなるというメリットの他には、何か特別な水管理の作業は要りません。
田んぼダムの水の流れ
実際の水の流れ
それでは、実際の水の流れを御覧下さい( 上の図)。1 番目は通常の流れ、2番目は水が増えて来た時の流れ、3 番目は5cm程度溜まった時の流れ、4番目はいっぱい溜まった時の流れです。豪雨の時、休日などでも時間帯を顧みず協力して頂いた市町村の担当者の方と撮影した力作です。
調整版のタイプは? 穴のサイズは? 重ねた実験
排水量を抑えるためには、水理学の知識を生かし、堰やオリフィス(※)の構造を試しました。理念的に理解はできますが、実際、営農や自然現象などでは、どのタイプが排水量を抑えるのに適しているのかを知るために、農家や役場の方々にもご協力を得ながら、V型、円型、切り込み型の3種類の調整版をつくり、実験を行いました。
※オリフィス=薄い壁に開けた流体を流す小さな穴のこと。そのような穴をつけた薄板をオリフィス板 (英語:orifice plate)と呼び、流量を板の位置で調節し、また測定にも使われる。(ウィキペディアより)
さらに現地の状況や協力農家との意見交換、農家のこせがれとして祖父母や両親の後姿を見て育った経験などを活かし、①農家の水管理には迷惑をかけない。②藁や水草などの詰まりをできるだけ無くす。③この取り組みで農家へ管理などの負担はさせない。などの理念により、5㎝穴の開いた板を後ろに入れるタイプに決めました。
この実証実験で、様々な課題についてもより具体的に実感することができました。たとえば、器としての田んぼの畦畔の補強や水のコントロール、一時的に水を溜めたあとの排水をよくするための暗渠排水、そして何よりもは農家の方々の地域貢献として取り組む気持ちを考えることなど。
集中豪雨化していく予測
近年、雨の降り方も局地的、集中的豪雨が多くなってきています。たとえば、20㎜の雨が1時間かけて降るよりも、10分で集中豪雨的に降るケースが多いと思われます。仮にこの場合、1時間換算では120㎜/h に相当する猛烈な降り方と言うことで、同じ20㎜の雨でも、まったく様相が違います。
その際、水を溜める器の機能を持つ田んぼは、非常に有効だと考えています。約10㎜/h 相当の雨量を流す能力を持つ制御板(5㎝の穴あき板)では、20㎜/h の雨が降った場合、一時的に水を溜め、2時間かけて流れることになります。20㎜/10分で集中的に降った場合でも、同じく2時間かけて流します。この場合、20㎜/h に比べて、一時的に溜めてゆっくり流す効果は6倍にのぼるのではないかと推測します。
気象庁等がまとめた「気候変動の観測・予測及び影響評価総合レポート2018」によれば、日本は、21世紀末には、短時間強雨の発生回数が地域・季節を問わず増加し、大雨による降水量も約10~25%増加する一方、無降水日も増加すると予測されています。確かに今年の夏もそうでしたが、晴れるときは全く雨が降らず、雨が降るときは、一気に集中して降るということのようです。この歴史的流れの中で、次世代を担う子供たちの時代にどのように繋いでいってあげれるか。今一度、広大な面積の器としての田んぼは、食料生産の場だけでなく、その他の役割も担っていることを、多くの方々に理解していただけたらと願っています。
農家の協力と都市の理解が不可欠
しかし、畦畔が低かったり、排水桝がバラバラであったり、稲の生育や畦畔崩れを心配したり…と不安や課題があるのは現実で、農家一人ひとりのご理解と協力は不可欠です。
稲作文化を継承してきた私たち日本人の主食となるお米を生産する大切な田んぼを活かして、安全・安心な生活を送れるように、農家の方々だけでなく、(下流で恩恵を受ける)都市部の方々にもご理解をいただき、応援団になってもらえるよう、農村地域づくりと共に進めていければと考えます。
田んぼダムは、地域の農家の方々、大学の先生方、行政などといろいろ話し合いながら、少しずつですが全国的にも広がりを見せています。農地を持つ農家の社会貢献活動のひとつとして、この考えの輪が広がり、田んぼダムの取り組みが全国であたりまえの農村文化として定着していければいいなあ〜と思っています。
さとびごころVOL.43 2020 autumn掲載