この記事はさとびごころVOL.39 2019 autumnよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
フォレスター
ヨーロッパでは、フォレスターという職業があるのだという。産業革命の時代に森林の木を伐りすぎたそうだ。その経験に対する反省から森林を管理する仕事である林業が重要視されていった。森づくりの実務と学問の両方を学んだフォレスターは、医者や弁護士と並ぶような子供の憧れの職業であり、社会的地位の高い職業になるほど尊敬されているのだ。
奈良県では、奈良県庁がスイスの森林管理システムを導入するという。そのスイスからフォレスターが数回訪れていて、私も何度かスイスフォレスターに触れる機会があった。
スイスでは、フォレスターの仕事は多岐にわたる。森林のゾーニング等を含む総合的な計画の樹立や伐採収穫の計画実行、伐採する木を決めたり、各種の森林作業の工程管理をしたり、木材の販売や販路の開拓、森林所有者との交渉や地域内の狩猟の管理等までも行う。近年は環境や市民の余暇利用に関するニーズの高まりもあり、生物多様性の維持と促進、自然保護区の監督、森林内の各種インフラの管理なども業務に挙げられる。フォレスターは、森林の価値を最大限に高め、発揮させ、地域の森林について明確な責任をもつ森林のスペシャリストでありゼネラリスト的な存在なのである。
これまで約10年間、林業の世界に関わってきて、一通り業界の様子も学んできた。緑の雇用制度を活用してフォレストワーカーやフォレストリーダー、フォレストマネージャーという現場の技術者は、かなりの数を育成してきていると思う。自伐型林業の普及の世界においても、それなりの数を育成してきている。だが、これらの人材がもう一つ大きな飛躍が出来ていないのはなぜか考えた。それは、日本においてのフォレスター的人材の質的、数的不足なのではないかと思う。
日本でも2014(平成26)年度から森林総合監理士という資格制度が始まり、日本版のフォレスターの制度がスタートしている。産声を上げて数年の森林総合監理士制度に対する期待は大きい。奈良県でも奈良県庁の職員を中心に森林総合監理士試験の合格者の方々が奈良県森林総合監理士会を立ち上げられた。私もその誕生のニュースは、とても嬉しく、誕生から約3年に渡り、明日の奈良の森を考える学習会の開催に微力ながら協力している。
フォレスターという言葉は、非常に煩雑なワードで、ヨーロッパのフォレスターや森林総合監理士、かつての日本版フォレスター等様々なニュアンスを伴う。ここでは、世間一般のイメージはさておき、私が現在純粋に最も存在していたら良いなと思うフォレスターの事を書いてみたい。
私が人生において触れた数少ない現実のフォレスターは、奈良県が招聘したスイスフォレスターである。ロルフ・シュトリッカーさんという。ロルフさんには、私がスイス視察旅行に参加した際にも数回出会った。ロルフさんに触れた印象は、とにかくどんな質問がきても即座によどみなく解答するということ。そこに生えている植生だけでなく、地質や土壌などにも精通していなければ、あのようによどみなく質問には答えられないだろう。地域の森林の過去、現在、未来像、木材をどのように販売していけば良いか、町でのレクリエーション利用や、林業普及広報、環境や防災に至るまで、森林を巡るありとあらゆる分野の物事について、とにかく幅広い知識と経験を積んでいるという印象だった。これだけ多くの分野に精通するなど、只者ではないなと思った。
また、何よりも驚いたのは、ロルフさんが地元の人気者であること。酒場に行けば、皆が「よう、ロルフ!」と声をかけるのだという。今まで多くの林業人に接してきたが、地域の人気者と呼ばれるフォレスターが存在するというのは、とても新鮮な話だった。私もロルフさんの様になってみたいなと素直に思った。
ロルフさんの様なフォレスターが、国土の70%を占める日本の各地の森林に配置され、その未来を担っていく。フォレスターによって管理システムが整備された各地の森林は、地域の景色を優しく彩り、遠目から見ても美しく、森林内に入っても心地よくなり、地域には、自然を大切にする人々が、森林から産出される木材を大切に使う。地域の人は森林を大切に思い、森林を中心に持続的に循環型の社会が出来ていく。そんな未来像がイメージできる。
私は率先してフォレスターとして必要な技能を身に着け、各地にそんな森林ができるよう、そして森林を中心にした社会の構築に貢献したいなと思う。大和協では、そんな地域の将来を担っていく様なフォレスターを多く育成していく事が出来たらなと思う。
さとびごころVOL.39 2019 autumn掲載