この記事はさとびごころVOL.46 2021 summerよりの転載となります。内容は掲載当時のものです。
前回は、田んぼの仕組みと水が与えてくれる色々な恩恵のお話でした。さていよいよ、夏は大きく成長した早苗を田んぼに植え、育てる時期です。初夏、水を一面にたたえた田植えの風景に清々しさを感じた人も多いでしょう。実はこの水、稲の成長の過程で増えたり減ったりしています。稲が豊かなお米をたくさん実らせるためには、こまめな水の管理が大切なのです。今回は、これら水や田んぼの管理についてお話ししていただきましょう。田んぼを観察する目が、ちょっぴり肥えるかもしれませんよ。
田植えの前に行われる代掻き作業。その目的は?
田起こしが完了した田んぼに水を溜めて、土をさらに細かく砕き、丁寧にかき混ぜて土の表面を平らにする作業が代掻きです。これには様々な目的・効果があります。①田んぼの水漏れを防ぐ。②土の表面を均して、苗がムラなく生育するようにする。③苗を植えやすくし、苗の活着と発育を良くする。④ 元肥(もとごえ)をムラなく混ぜ込む。⑤藁や雑草を埋め込む。⑥雑草の種を深く埋め込むことにより、雑草の発芽を抑える。⑦有害ガスを抜き、有機物の腐熟を促進する。
特に、重要なのが①。田んぼを水を溜める器に変える水漏れ防止の目的です。田起こしした田んぼは、適度な空気が混ざる理想的な土の塊状態「団粒構造」になっています。この時点では、土の隙間に空気が入り込んでおり、その隙間に水が流れて地下に浸透し、なかなか水が溜まりません。そこで、水を溜めて土をかき混ぜることにより、大きな土の塊が下に、泥や粘土が上に沈殿して、層が出来上がります。こうして上の細かな土層が水を溜まりやすくするわけです。地域によっては、代掻きのことを「マンガかき」と呼ぶこともあります。これは、「馬鍬(まぐわ)」を使って田んぼを耕すことから言われる言葉です。
お茶椀1杯分は何株?
1本の苗からどれだけのお米が収穫できると思いますか? 栽培の仕方にもよりますが、1本の苗は成長と共に葉のつけ根から枝分かれして新しい葉が出てきます。このことを「分げつ」と言います。この「分げつ」により、最終的には1株が約30本の苗に増えます。
1株(約30本の苗)に約22本の穂がつくと言われ、1つの穂には、約70粒のお米が実りますので、1株では1540粒のお米が実ることになります。
お茶碗1杯(約65g・約3250粒)は、約2・1株分に相当します。
10a(1反)の田んぼでは、約7600回分のお茶碗のごはんになり、毎日3食をお茶碗1杯分食べるとすると、約6人分のお米一年分を栽培できることになります。
「今食べているお茶碗のごはんがこの田んぼで…」と考えながら、田んぼの風景を眺めてみるのはいかがでしょうか?
1本の苗から、如何にして多くの稲穂を実らせ、収穫できるかは、お米を主食とする私たちにとって大変重要なことです。その鍵を握るのが、まさにこの夏の田んぼの管理。稲苗の成長にあわせて、水を深く溜めたり、浅くしたりといったこまめな水管理や適切な手入れが、秋の稲穂の実りの量を左右します。
稲の成長過程に合わせて水を貯めたり減らしたり
稲には大きく分けて、次のような成長過程があります。
1 田植えすぐの苗を田んぼの土に根を張らせ活着させる【活着期】=深水管理
田植えは、中山間地域で5月、平野地域で6月ですが、まだ気温が低い日も多いです。田植え直後は、寒さから稲を守るため、田んぼの水を多く溜める「深水管理」をします。水が苗を保温し、根の発育や肥料の吸収力を保つとともに、雑草の発生も抑えます。
2 1本の苗を枝分かれさせる【分げつ期】=浅水管理
先に述べたように、多くのお米を実らせるためには、新しい葉を出させる「分げつ期」が重要となります。
この時期は、水温や地温を上昇させるため「浅水管理」を行います。時には、土中に酸素を送り込むために完全に水を抜くことも。
3 さらなる稲の成長を促す【中干し】=乾田化
田んぼの中では、いろいろな化学反応が起こっており、土に含まれる菌反応で根の生育に有害なガスを発生させたりしますので、これを逃がすため、1週間ほど田んぼの水を抜いて、カラッカラにします。すると根の張りもよくなり、稲がより元気になります。排水しやすくするために、溝切り作業を行い、収穫作業がし易くなる乾田化を進めます。
4 稲の葉がまっすぐ伸びて、穂にお米のなる基が生える【幼穂形成期】=深水管理
分げつ期を過ぎると、茎のなかで穂の赤ちゃんを作る準備が始まります。これを「幼穂形成期」と言います。この時期から、稲が活発に成長し、水分も酸素も消費量が最大となるため、土壌が水分不足にならないように、十分な水を与える「深水管理」に努めます。
5 穂が出て花を咲かせる【穂ばらみ期・出穂期】=間断かん水・飽水状態
幼穂がしだいに大きく成長し、茎の中で、籾(もみ)の集合体である「穂」が育まれます。穂が出るまでの間を「穂ばらみ期」といい、約25日間ほど続きます。田植えから約60~70日で、穂が出る「出穂期」です。
出穂後、稲は全勢力を穂に集中し、葉でせっせと光合成をしてブドウ糖を生産し、穂に送り込んで溜めます。これが、登熟(とうじゅく)(※1)(開花から約40~50日間)。つまり収穫が増え、美味しい味になるには、出穂から登熟までの期間に晴天(暑い日)が続き、光合成量が大きくなることが大切です。人間にとっては厳しい暑さも、稲にとっては恵みとなります(※2)。
出穂以降、頑張った結果弱ってくる根を助けるため、根に酸素を補給したり、有害ガスを取り除いたりすることが必要です。そのためには、水を貯めたり抜いたりする間断かん水や、田んぼの表面に水を貯めず土中には十分水が含まれている飽水状態を保つなど、こまめな水管理を行います(※3)。
※1「登熟期」の初めは、籾の中のお米はまだ固くなっていないミルク状で、甘い味がします。スズメはそれを知っているようです。
※2 夜間の気温が高いと稲の呼吸が盛んになり、光合成で作ったブドウ糖を消費してしまいますので、夜間は気温が低い方が良いのです。昼間は暑く、夜間は涼しいという天候が理想的とされています。一般的に「寒暖差がある方が良いお米ができる」と言われる理由はここにあります。
※3 また、登熟期には、光合成を活発にするために、葉緑素を増強する窒素を中心に肥料を施します。登熟期に施すこの追肥は、実肥( みごえ) と言います。
稲の成長を助ける除草と草刈り
水の管理だけでなく、田んぼ周辺の維持管理も重要です。田んぼ周辺には様々な雑草が生え茂ってきます。田んぼの中も、水を張っているとはいうものの、雑草が生えてきます。
田んぼの中の雑草は、①水や養分を横取りする。②日光をさえぎる。③風通しが悪くなる。④病害虫の発生源となる。などの理由から稲の成長を妨げます。田んぼの中に入って、こまめに雑草を引くのが一番ですが、現実的には難しいです。そこで、稲と稲との間を耕しながら除草する中耕除草という作業をしたり、適切に除草剤を散布して雑草の発生を防ぎます。
田んぼの周辺の草刈りは、「雑草」が茂ることで発生するカメムシやウンカなどの「害虫」も抑えます。
畦畔の雑草は除草剤を使わずに、鎌や刈払機で刈り取る場合がほとんどです。これは雑草の根が張り、畦を強化しているからです。除草剤を使うと、根まで枯らしてしまい、畦が弱くなって崩れたり、水が漏れたりする原因となるためです。
悪さする虫、助けてくれる虫、ただの虫
田んぼの周りには、先に述べたような雑草と共に、様々な虫たちも集まって来て生息地となります。
この虫たちの中には、稲を食べにくる悪さする虫や、その悪さする虫を食べてくれる助けてくれる虫、何もしないただの虫たちがいます。
悪さする虫としては、ウンカやカメムシ。ウンカは、体長は4~6㎜くらい、セミを小さくしたような形をしていて、稲の葉や茎から汁を吸って枯らしてしまいます。繁殖力が強く、ひどい時には田んぼを全滅させてしまう恐ろしい虫です。冬を越すことができないので、一旦いなくなりますが、アジア大陸で冬を越したウンカが、毎年6~7月に、梅雨前線の気流に乗って飛んできます。江戸時代の享保や天保の大飢饉を引き起こした原因の一つとも言われています。カメムシもウンカと同じく、稲の葉や茎や穂から汁を吸い、穂になる肝心のところが枯れたり黒い斑点が米につきコメの品質を悪くします。その他、イナゴやバッタも稲の葉や茎をかじります。
このような時、消毒による防除作業も行います、その他に畦畔の雑草をすべて刈らず少し残してこの雑草に誘き寄せたり、匂いのするハーブを植えて近づけないなど、日常の田んぼの管理にも防除の工夫を行います。一方、助けてくれる虫として、例えば、クモやトンボは害虫を食べてくれるので、お米作りの味方です。水上や水中では、アメンボやゲンゴロウがパトロールと害虫退治を担当してくれています。
「さとびごころ」が発行になる頃には、そろそろ穂が出ているでしょうか。夏から秋へ、次々と姿を変えていく田んぼの風景に、目を向けてみてみませんか。
さとびごころVOL.46 2021 summer掲載
文・農家のこせがれ(農業関係技術者) 構成・編集部