奈良の地域マガジン「さとびごころ」編集人あなんの雑記帖です。どうぞごゆっくり。
あなんは、通常夜明け前に自然に目覚めます。早寝早起き、そのもの(笑)。暗い部屋にあかりをつけ、寒くなってきたのでしばらくは暖房を入れて。昨日、きれいに片付けておいたデスクにつくのが気持ちいい。マックをさわると、こちらもお目覚め。そうして今、記事を書いています。
どなたが見てくれているのでしょう。簡単なインサイトチェックはできますが、ロボットが見に来てくれているのか、どうなのか、わたしにはわかりません。それでも、毎日とはいわないまでも、日々言葉を綴っているのは、なぜなんでしょう。空に向かって、何を話しかけているの?自分のこと、バカじゃないかと自嘲的になることもあるんですよ。何やってるの?何になるの?時々、自分にいじわるになる。
それでも必ず、定位置に戻る。
誰かが読んでくれるかもしれません。その人は、わたしと同じように不安もあるし、自分のことをけなしたりもするし、何も立派なことができているわけではないという自覚があるかもしれません。でも、生きていたら、何かを感じたり、何かを考えたりしているはずなのです。そこに立ち戻り、誰かに届くかもしれないという仮説のもと、今日も記事を書くのです。
本当の思いは、わざわざ話さないことが多い
人に話して回るわけではないけれど、自然が痛むと心も痛む。茶碗を洗った泡が流れていくときに、またこれで水の中に化学物質が加わるのかと思うと嫌で、いつも石鹸洗剤を使っていたり。山肌を削ってソーラーパネルが並ぶ道の横を通るときは、目を背けたくなったり。ほんとうは、自然も人も、もっと調和して暮らせたら、どんなにいいだろうと思っているけれど、普段の会話の中では全然違う話題になることが多い。
小さな自分の暮らしが社会を変えられるとは、到底思えない。けど、心がざらざらすることをひとつ避けて、心が潤うようなことをひとつ加えてみたい。そんな人がいたら、わたしは会ってみたい。
太陽が顔を出す明るい朝には、狭いベランダであっても育てている緑が光ってみえる、その瞬間を愛しく思う。台所で鍋を温めていると、野菜に火が通ったしるしにおいしそうな匂いがたちこめたら、しあわせを感じる。ドリップコーヒーを自分のために淹れて、湯気を見ながら口に運び、今いちばん心を動かされているもののことをじっと思ったり。そんな人がいたら、わたしは会ってみたいです。
言葉に表すことで、繋がれる
誰でもが文章を書くのが好きだとは言えませんが、文章を書くっていうことは、国語の宿題でイヤイヤ作文を書かされるようなことではないのです。誰かと共有したい気持ちを表してみることです。本当の思いは隠れていることが多い。隠れているけど、本当はある。それが誰かに伝わるとしたら、その誰かが超能力者でもないかぎりは、やはり言葉にしてみる他はないのです。
そして、もしも何かが伝わったなら、胸の中に太陽の光が届いたような、自分では気づいていなかったさみしさが癒されるような思いが生まれてくることでしょう。書いた人も、すこし元気に。読む人も、すこし元気に。わたしたちは、思いを表したときに、案外繋がれるんだと思います。
あなんは、さとびごころ(Satobi)を作りながら、無駄かもしれないという思いをしまって、自然にも人にもやさしい在り方があるはずだと、そんな人はすでにいるんだと、それを伝えたい思いだけを抱えて続けてきました。そして、大切な友人や信頼できる方との出会いも経験してきました。一人ひとり、個性も違う、やっていることも違うけれど、遠くから応援したくなるような、共有できる気持ちってあるんだなと思っています。さとびもまた、小さな紙メディアです。
思いを伝える小さな紙メディア
10人のうち、ひとりでも、言葉を通じて誰かに伝えたい、誰かと繋がりたいと思う人がおられたら、あなんといっしょに紙メディアにしてみませんか。実をいうと、それしかできません。SNSの攻略方法はよくわかりません。(みなさんのほうが上手だと思います!)集客のノウハウもよく知りません。ですけど、本質は「思いが伝わる」ことにあるのではないかと思うんです。そのお手伝いなら、さとびづくり以前を含めると、もう20年やってきました。きっとお役に立てると思います。
言語化は、実は一人では難しいものです。自分の顔を鏡でしか見ることができないように、見えていない自分もいるからです。講座では、知識の解説よりも「お話を聞く」ことに時間をかけます。そこから見えてくるものがあって、それを分かち合いながら、どんなふうに伝えようか、いっしょに考えるお手伝いをします。
この「お話を聞く」という技は、なぜかわかりませんがあなんの特技で、毎回、たしかな手応えを感じています(あなんの誤認でなければ)。その人のなかに見えるきらっとした部分を見つけ出すのが、自分でいうとあれですが、かなり得意です。赤鼻のトナカイを見つけるサンタクロースでありたいと思っています。話すことはヒーリングにもなります。ここを目的に受講していただいても、価値ありかも。
何か活動している人しか、作れないのでは?
と、思われるかもしれません。たしかに、これまで受講されたみなさんは、個人で何らかの活動をしている人が多い傾向はあります。それが結果的に、販売促進や集客のツールにもなっていることはあります。講座の主催者としてはとっても嬉しい。でもそれは、副産物的なもので、本質は「その人の思いを言葉にして紙メディアにしてみる」というだけです。メディアとは、マスコミのことではありません(マスコミもその一部ですが)。メディアとは「中間」という意味です。あなたがいて、誰かがいる。その中間にあって媒介するものがメディアです。
むしろ、何か活動しているかどうかよりも、自然と調和を日々の中に実現していきたいかどうか、ということのほうがこの講座がお役にたつかどうかの閾値になる、ということはあるかもしれません。でも、それってここまで読んでくださっている方であれば、すでにそうじゃありません?
「個性はそれぞれなのに、通じるものがある」って、ワンダフルですよ。そんなワンダフル、体験してみませんか。
編集や印刷や、さっぱりわからなくても作れます。
紙メディアづくりの技術的なことは、4ヶ月中4日間の講座でマスターできるとは申しません。できる範囲だけをやっていただき、残りはさとびこ編集室が引き受けます。ですから、紙メディアなど作ったことがない、という方も100%大丈夫です。講座の中には、100部の紙メディアの完成が含まれています。「そんなに要らない」「それじゃ足りたい」っていう人もあるかもしれませんが、まあ、せっかくですのでお納めください。
フリーペーパーとして、「こんなん、作ったよ」と読んでもらってください。手作りのトートバッグを見てもらうようなものです。あるいは、毎年「今年もよろしくお願いします」とあいさつを交わす人にたちにお渡しください。近年まで、年賀状を100枚くらい送っていませんでした?「知っている人が作った無料の紙メディア」であるなら、ほとんどの人は受け取ってくれると思います。感想なども聞いてみてください。わくわく、どきどき、間違いなし。
紙メディアができあがったとき、おそらく講座を受ける前の自分と、少しフェーズが変わっていることに気づかれると思います。紙メディアづくりは、自分の育成にもなるんです。
まとめてみようかな。ちいカミ・おすすめの理由
・本当の気持ちは「書く」と伝えやすい
・言葉にするとつながれる
・話しを聞いてもらうと無自覚な自分に気づける
・文章化はサポートがあれば安心感
・足りたいところがあってもまかせられるから大丈夫
・癒し効果がある
・自分の成長につながる
興味を持っていただけた方からのコンタクト、お待ちしています。小さな紙メディアづくりは、あなんの原点でもありまして、この話は、ついつい熱くなってしまいます。まだまだ、お伝えしたいこと(紙の魅力、一人の大切さ、静かな時間、広告媒体との違い、文章を書くにあたってなどなど)はありますが、続きはまたの機会にして、今日はこのへんにいたします。お付き合いくださり、ありがとうございました!
トップの写真は、2026年秋の講座のワンシーン。左から、志賀規子さん、高橋ゆうこさん、あなん。
小さな紙メディア講座2027 のお知らせを次回の投稿でいたします。