今日から3月ですね。つい先日のTEtoTEマルシェは雪の舞い散るなかでの開催となりましたが、3月になったとたんに奈良の最高気温は19度!どうかしてますね。部員MさんはTシャツになっていました。しかし明日からは雨模様の予報。年々、春が短くなりたちまち初夏に突入してしまうので、これからのひととき、わたが一番好きな春を存分に楽しみます!
さて、先月の活動について、ふたつほど。今日はさとび春号の取材活動、明日はSATOBIBOBOOKSの話題を予定しています。
みなさんは百年の孤独という銘柄の焼酎をご存じでしょうか。お酒好きでなくても、その名前くらいは聞いたことがある方が多いのではないでしょうか。それほどに、有名な焼酎です。なぜって、わたしでも知っているくらいですから。
https://www.kurokihonten.co.jp/shochu/
なかなか手に入りにくいお酒とのことで、それがまた価値を高めているそうですね。その伝説の焼酎の杜氏を務めていた人が、次回のさとびの連載「奈良の地酒と『テロワール』をめぐる物語」に登場してくださる黒瀬 弘康さん。現在は天理市の稲田酒造さまにて、杜氏を務めておいでです。2月下旬のある日、連載執筆者の河口充勇帝塚山大学教授とともに、取材に行ってきました。
SNSで報告だけしましたけれど、ブログにお越しくださった方のために、ロンバージョンでお届けします!
わたしが黒瀬さんに出会ったのは、部員Mさんがまだ某食堂(夜は居酒屋)の運営係として地酒イベントをしていた頃ですからコロナ前のことでした。奈良の地酒を多種類楽しむスタイルを先駆けた感じの店でしたので、わたしも「地酒で味わう奈良」を特集したりする関係上、いっしょになっていろいろと酒蔵をめぐり、少しでも知見を高めようとしていた時期でした。
いつもの師匠、登酒店の登さんから薦められた「神韻」というお酒の蔵を尋ねたとき、杜氏として迎えてくださったのが黒瀬さんでした。「こ、この方が、百年の孤独を醸していた人なのか…」という恐れ多さとはうらはらに、とっても気さくに蔵を案内してくださり、売れに売れていた蔵をやめて日本酒の世界へ飛び込み、一から出直された頃のお話などを伺いました。最初の蔵では、蔵人さんの食事づくり係をしていたそうです。華やかな経歴はもう関係ありませんでした。みなさんの好みにあわせてメニューを考えることと酒造りは、本当は関係があったのだとおっしゃいました。相手の気持ちを考えぬくこと、工夫すること。もとから工夫好きの黒瀬さんですから、どんなことからも学びとってしまわれるのでしょう(そのころは、黒瀬さんの「どらえもん」好きにはまだ気づかず)。
そんなことを思い出しながら出かける時間を勘違いして、電車を1本逃してしまい(ほんまにドジなんです)、取材現場の稲田酒造さまに着いた頃には、すでにインタビューを開始されていた河口先生と、黒瀬さんが語らっている最中。
話はどうやら黒瀬さんの学生時代のことでした。さとびの取材では主に蔵を継承した若い蔵元杜氏に出会うことが多く、大学は醸造学科卒のケースが多いのですが、黒瀬さんは一般の大学で森林や環境や地下水のことを研究されていたそうです。水からのつながりで、お酒の醸造は面白そうだ。。。と、縁あって誘われるがままに焼酎づくりの世界へ。
なんとも。黒瀬さんて、さとびチック。森があり、水があり、酒がある。歩くさとびと呼ばせていただきましょう。
最初の蔵が酒造りをやめることになり、次からは杜氏としてのキャリアが始まりました。そこも退職されてからは日本を転々とし、その都度ヒット銘柄を置き土産のように生み出され、奈良に来られたのが先述の蔵(こちらも現在は酒造りをされていません)。そこから現在の稲田酒造さまへ、ということになります。
稲田酒造さま。天理駅の向かいのアーケードを10程度歩いた左手です。
さあ、ここでさとびを熟読されている方の中には、「つむぐ」のことを思い出してくださる方もあるかもしれませんね。
https://www.nobori-sake.com/shouhin/nara_nihonsyu/inada/tsumugu.html
左:生原酒 右:火入れ
過去に何度か紹介してきた山添村の餅米だけを原料に醸したお酒「つむぐ」は、山添村の有志が集まった「しめつぐプロジェクト」から生まれたお酒(天理市田井庄町の登酒店で数量限定で販売)。ここ稲田酒造さんにて、黒瀬さんによって醸造されています。しめつぐプロジェクトメンバー・農家の小せがれさんからの依頼をうけてさとびがラベルづくりを担当することになり、打ち合わせのために稲田酒造さんを訪れたとき、黒瀬さんとの再会となりました。責任重大なラベルデザインについては、心強い相談相手になってくださいました。そのときから、黒瀬さんの芸術家的なこだわり感は伝わってきていました。マーケティング的にどうこうよりも、そのお酒らしさ・魂を表現するには?という観点からのアドバイスをいただいたように思います。
こちらは蒸し器
インタビューが終わると、そのつむぐの今年バージョン醸造中を見せていただきました(あちこちドラえもんだらけです)。
通常はぶくぶくしているイメージでしょう?餅米は、ぴくりともしてなさそうでした。出来上がったお酒は、もっちりしたお餅からは想像できないような、コクがありつつ軽やかなお味なんですよー。登酒店さんの表現でいうと「ややリッチな飲み口に、クリアなエキス感」!
黒瀬さんは、つむぐの他にも、小規模なオリジナル限定酒酒づくりの依頼を受けていらっしゃいます。天理市福住のお酒「福須美」もそう。「つむぐ」が100%餅米ならば、こちらは100%有機栽培米。どんなお酒でも黒瀬さんの手にかかったら、素材の長所を最大限に生かした美味しいお酒になるところは魔術師のようです。
「有機栽培米はね、最初は麹を拒んでいるように見えたんだ。それをしっかり奥まで入るようにしてやらないと醪は作れない」
「いい米でなければいい酒にならない、なんて聞くことがあるけど、米のせいにしちゃあだめだと思うよ」
ああ、言い訳のない人なんだ。今あるお米と環境で、その良さをもって理想とする酒の味にとことん近づいていく人。そういえば、つむぐは餅米独特の粘りがあるため、大格闘されたというお話をおききしたときも、「大変だった」的なムードがこれっぽっちもなくて、難しければ難しいほどワクワクされているのが印象的でした。
ドラゴンボールの悟空が強い相手に遭遇すればするほど、嬉しそうに燃えてしまうような?
「カイを1回入れたらいいのか、何度も入れるのか、それは米が教えてくれるんですよ」
ここまでいくと、マニュアル化できないレベルを感じます。コンピューターで確実に味をコントロールもできる時代になってきているとも聞きますが、黒瀬さんはお米と会話してお酒を作る人(自然栽培家の中には、土や野菜と会話する人が存在することを連想していました)。そんな技術に惹かれて他の酒蔵の若手さんから相談があったり、教えを請うたりすることがあるようです。黒瀬さんは「いいよー」みたいな感じで全く垣根がありません。
これは、カッコいいんですけど、なかなかできないことではないでしょうか。おそらく、どんなに教えようとしても、自分でつかむしかない領域があることをよくご存知なのかもしれません。
「やってみせたら、あとは本人が自分でやってみたらいいんだ。失敗してもいいから」蔵内では、これが黒瀬さんの育成方法のようです。失敗できるチャンスがあればあるほど、恵まれています。通常なら失敗を恐れてチャレンジができなくなってしまいます。でも、本当は失敗してこそ身につくもの。酒蔵という現場で、それをされるところに…黒瀬さんが如何に蔵から信頼されているか?自信をお持ちか?ということも感じました。
黒瀬さんは蔵元ではない。それでも、蔵の中ではアーティストのような誇りを持った一国の主のようでした。
インタビューはもうディープすぎるほどにディープで、さとびにも、このブログにも書けないお話などもたくさん伺いました。(書けないことも理解したうえで表現するということも大事かと思います)
河口先生が黒瀬さんにシンパシーを感じたのは、黒瀬さんがSNSのアイコンにされているこのCDジャケット。お二人とも、これが大、大、大好きなんですって。人生のお供といってもいいほどなんですって。(あなんは全然名前を覚えられませんでした!)ご満悦の表情。
無濾過生原酒のように濃厚なお話を、執筆者の河口教授はどのように表現してくださるのでしょうか。みなさんも、どうぞお楽しみに。
テロワール(terroir)とは、フランス語で、主にワインの醸造において使われます。ブドウ畑を取り巻く自然環境や条件、その土地で育まれた農産物の個性を指します。それを日本酒で探ろうとするのがこの連載なのですが、黒瀬さんには概念を少し書き換えられたような気がしました。きっと記事に描かれることでしょう。
社会学の研究者である河口先生には、「さとびの記事は論文と違うので、いい経験になる」というふうなことをおっしゃっていただいております。ありがとうございます。雑誌はやはり、論文というよりは味のある文章のほうが似合います。そこのところをご理解いただきながら執筆くださること、いつもありがたい限りです。
さとび春号は、4月10日の発行予定です。
おまけ(もっとオドケルとか、したらいいですよね、わたし)
さとびの編集をあずかってから10年(創刊に関わってからは15年め)。たくさんの人に出会い、たくさんの人の心に寄り添ってきました。同じ人物、同じ事例であっても、仕上がってくるものには編集者によって微妙に違いがあると思います。あなんは、100年住み続けたい奈良というビジョンと、長年にわたって続けてきた経験とを資源に、さとびにしか表現できない「自然にも人にもやさしい未来」を展望するコンテンツをお届けしたいと望んでいます。ちいさな雑誌ですが、共感してくださる読者さんがもし増えたら、共通言語が増えていきます。それは地域を作っていくと思います。もしよければ、応援してくださいね。みんなでしあわせになりましょう。