今朝は、住宅の前の道を通る小学生たちが会話する声が聞こえてきました。学校が始まったのですね。みなさんも出勤が始まったことでしょう。この日をうんざりしながら迎えるか、充電したから頑張るぞって迎えるか。。。みなさんはどちらでしたか。
あなんは、体調が戻ってきたタイミングで、休みがちだった畑にまた通えるようになりました。
畑活を実践できるようになったのはコロナのおかげ。夫に時間ができて、さとび関係の方にお会いするのに運転を頼みやすくなり(あなんはペーパードライバ−)、そこでの出会いや気づきから夫も畑活に協力的になってくれました。わたし一人ではできないことも多々あるため、これは重要なターニングポイントになりました。その後、彼はだんだんと興味が薄らいでいくのですが、逆にわたしは一人でも畑活できるようになっていきました。今彼にお願いしているのは、車に乗せてもらうことくらいです。
ここから妄想話になりますが、国民皆農を提唱している人がいますよね。そこまでいかなくても、誰もがちょっとだけ、その人なりの程度で畑活をするのが当たり前になったら、いいのになあと思います。理由はたくさんあります。
今ある農地が、少なくとも守られる。農家さんが高齢になられ、草刈りもままならなくなったら、手放すことを考えられるようです。そのあと、どうなるか。。。その前に、誰かが借りて、かわいい畑として大事にできたらいいのになあと。
畑活する人にとって、メリットが多い。
ひとつは、化学肥料や農薬を使わずに栽培すると、お金もほとんどかからずに、食べ物のをたとえ部分的にでも自給できる。しかも、美味しい。世界情勢の影響で、化学肥料が高騰しているそうです。でも、もともと使っていないから影響を感じません。「もう石油化学資源に依存するのはやめませんか(減らしませんか)」というメッセージなのではないかと思います。石油依存よりも自然依存。少しの知識と経験があれば、自然への頼り方やわかり、続けるほどに理解も進みます。
自給は野菜だけではなく、買えばけっこうお高いものが無料化します。まずは、ハーブ。袋にちょっとだけ入って数百円。それも全部使いきらないこともあり、もったいない。畑に一度植えておけば、ローズマリーなどは年中自給でき、惜しげもなくハーブオイル、ハーブチンキ、ハーブティーに使えるんです。
好きなお花も栽培すると、とっても助かります。今年からはラベンダーも元気に育つようになりました。今ちいさな蕾ができております。これからが、楽しみ!ラベンダーの香りは最高ですよね。
メリットは作物の自給だけではありません。みなさんは、自然の豊かなところへいくと体や心が整うのを感じたことはありませんか。畑でも近い経験ができます。遠いところへドライブに行かなくても、自宅の近くに畑があれば、季節を感じ、土を感じ、風や太陽や。。。いっぱい感じることができ、精神的な健康のためにも、すごくメリットがあると感じています。
土にやさしい。
化学肥料や農薬を使う農業は、土の微生物を減らします。もしかしたら殺します。それらを使わなかったならば、植物は土の中で菌根菌と共生して、光合成の成果物である糖を渡し、菌からはミネラルを食べやすい形になった状態でもらいます。根っこが届かないところまでも菌糸が伸びて、水分や栄養を吸収できます。こうして、土の生命力が高まり、雨が降ったときも土が留まりやすく、団粒構造化していき、素人が栽培しても野菜のほうでなんとか頑張ってくれるようになります。
肥料は、これをショートカットして直接栄養を与えることを意味し、即効性はあるものの、植物にアテにされなくなった菌は糖をもらえず、生きていけなくなるでしょう。肥料が植物に使われるのは10パーセントくらいと言われていて、多くは地下水に染み込んで川の富栄養化につながるそうです。土にやさしい畑活は、水にもやさしくなれる気がして、我が畑活は自然の力を頼りにして育てています。
いきなり結果を買うよりも「プロセスが学び」と教えてくれる。
化学肥料、農薬を使わず、堆肥だけで育てるとします。その堆肥を大量に購入するとすぐに栽培できます(堆肥は肥料ではありませんが、土の微生物の活動を活発にして栄養分の多い土にするためのものです)。それは手取り早いのはわかるのですが、わたしの場合はトラクターもなく、そもそも農業機械が入りにくい場所にあり、堆肥も量がかさむと高価ですし、どかんと堆肥投入というわけにはいきませんでした。でもそれが楽しかったのです。
畑を借りたばかりの頃、土は乾くと石のように硬くなっていました。粘土質も多く含まれていたようです。そこに雑草を刈っては敷きました。稲科の雑草のほうが長持ちすることがわかりました。雑草だけでなく、落ち葉や藁なども手に入る限り活用しました。土に混ぜ込むとPHの調整とか窒素飢餓とか、何かと難しそうでしたので、マルチとして置くだけ。それでもだんだんと腐葉土化していき、土の一部になっていきます。土は草マルチの下で、しっとりと団粒化していきました。ミミズもカエルもてんとう虫も元気です。そんなプロセスを知るのが学びになったんです。
コンポスターに入れた野菜くずが黒い堆肥に変わるのも面白かった。ベランダでは失敗ばかりだったコンポストも、畑では楽々できました。半年くらいは熟成させたつもりのコンポストから、かぼちゃが芽を出してきたのも面白かった。自分がしたことが、野菜を喜ばせるのか、苦しめるのか、やりながら学んでいくわけです。大人になってから「センスオブワンダー」を感じられるのが畑活のいいところ。
農家さんをリスペクトできる。
作ってみてわかる難しさがあります。それなのに、農家さんは計画的に収量をあげておられる。ほとんどは兼業農家さんで、ほかに仕事を持たれています。そのなかで農業を守ってくださっていることって、感謝しかないと思いませんか。そして、どうして農業専業が成り立ちにくくなってしまったのかについて、考えが及びませんか。
昔は農家の人たちが会社員を兼ねました。これからは会社員が農業(もしくは畑活民)を兼ねる時代に。プロ農家さんは兼業教育者に。そんなふうに想像すると、ちょっと胸がときめきます。
食糧危機が心配される中で、安心感の自給になる。
もし、スーパーで野菜の棚がからっぽになったらどうしますか。そんなことはありえないだろう、とは言い切れなくなっていますよね。流通が止まるだけでも、飢えます。「だから畑活をすれば解決」と言いたいわけではないのです。畑活程度では、完全に自給することは難しいのですから。
でも、「こうすれば育つ」「この雑草は食べられる」「こうすればうまくいかない」そんな経験をしておくことで、「もしものときはみんなで助け合っていこう」という、不思議な安心感が生まれます。それも、心身ともにメリットのある経験です。
でも、農地がなかったら?コンクリートや毒性に汚染された土しかなかったら?やはり、農地が農地としてあり続けること、化学肥料がなくても育つ土を守ることではないでしょうか。奈良はその点、とても恵まれたところだと思います。東京や大阪の真ん中とは違います。
畑をお借りする縁に恵まれたこと。いつもありがたいなあ!と思いながら通っています。今年は、そら豆と、なんと栽培苦手だったほうれん草が元気です。(なんでほうれん草ができたんだろう?謎ですが、…もしかして籾殻くんたんを入れたことがPH調整になったのかなあ?)春先に絶望していたじゃがいもも、育ってきて安堵しています。成長の早いほうは花がついてきました。
初夏は寒くなく暑くなく、畑活のベストシーズン。夫も畑で作った野菜は「たしかに美味しい!」と、喜んでくれます。このひとときを、思い切り味わいたい。そろそろ、ナスやピーマンを植えたいです!畑活しているみなさんへ、畑活ともだち募集中。いっしょに畑活ばなし、しませんかー。
あ、でもさとび夏号づくり、さとびこブックス新刊づくりは、しっかり頑張っていますので発刊したら見るだけでも見ていただけたら嬉しいです。さとびごころ、さとびこブックスは収益になってもならなたくてもやると決めているあなんのミッションワーク。そうは言っても、お一人でも多くの方にお求めいただければ継続の力になります。この思い、受け取ってくださる方は、きっとソウルメイト。どうぞ、よろしくお願いいたします。